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藻類が二酸化炭素からバイオマスを作る代謝過程を解析

炭素安定同位体を用いた大規模な代謝追跡に成功

Ito, T., Sugimoto, M., Toya, Y., Ano, Y., Kurano, N., Soga., T, Tomita, M. (2013) Time-resolved metabolomics of a novel trebouxiophycean alga using 13CO2 feeding. J Biosci Bioeng. 116: 408-15.

  化石燃料に強く依存する現代社会は二酸化炭素濃度の上昇や石油枯渇などの環境問題に直面しており、それを解決すべく近年あらゆるバイオ燃料の開発が進めら れてきている。特に中性脂質を蓄積する微細藻類は、従来のダイズやナタネなどの油糧作物以上の生産性が期待される事から「オイル産生藻類」と呼ばれ、バイ オ燃料の原料として注目されている。多くのオイル産生藻類では、栄養素や光の強さや温度が最適とされる条件から大きく変化した際にオイルを蓄積することが 知られている一方で、微細藻類におけるオイル蓄積時の代謝メカニズムは未知の部分が多く、これらを解明する事で品種改良を論理的に進める事が可能となる。

 "シュードコリシスティス・エリプソイデア" ("Pseudochoricystis ellipsoidea";以下「シュードコリシスティス」) は、オイル生産への利用が検討されている緑藻類の一つであり、伊藤卓朗助教らのメタボローム解析によって既に代表的なオイル蓄積条件である窒素栄養欠乏時の代謝物質量の変化が明らかにされている(Ito et al., 2013 , Metabolomics )。しかし、通常のメタボローム解析では代謝物質量の変化は捉えられるものの、代謝による物質の移り変わりを追う事はできない。そこで伊藤博士らは、メタ ボローム解析に用いられる質量分析計が代謝物質の同位体を検出できる事を利用し、天然には1%ほどしか存在しない炭素安定同位体・13Cを濃縮して作られた二酸化炭素をシュードコリシスティスに与える事で、光合成により取り込まれた13Cが代謝物質に取り込まれる過程を経時的に解析した。

 本研究では、安定同位体添加前から1, 3, 6, 12, 24, 48時間後まで経時的に同位体メタボローム解析を行い、中心代謝物質やアミノ酸、プリン、脂肪酸、リン脂質、糖脂質、色素など代謝の広範囲に渡る78物質において13Cが代謝物質に取り込まれていることを確認できた。代謝物質間で13Cに置き換わった分子の比率の時間変化を階層的クラスター分析により4つに分類し、緑藻・クラミドモナスの代謝経路に描写した(図)。概ね予想される代謝経路に沿って13C への置換が進んだが、いくつかの有機酸やアミノ酸では予想される順番と合わない事象が発見された。そのため今後は、細胞内小器官の局在や異なる代謝経路の 存在等を解析することにより新しい知見を得られる可能性がある。脂質においては、グリセロ脂質の構成要素でもある脂肪酸の置換速度が遅いことから、グリセ ロ脂質への新規生合成経路からの脱離ではない事が示唆された。

 本研究は、光合成により固定された炭素を分子レベルで脂質まで追った初めての成果であり、研究知見の少ないシュードコリシスティスの俯瞰的な代謝経路について考察した。今後、これらの成果を基に、シュードコリシスティスの代謝解明および産業利用が促進する事が望まれる。

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図: 代謝物質を13C置換率の変化で階層的クラスター分析し、クラミドモナスにおいて想定される代謝経路上に描画した。
置換スピードの早いクラスターから順に、黒地に白文字、グレー地に白文字、下線付き黒文字、装飾無しの黒文字とし、測定できなかった分子はグレー文字とした。

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