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アルツハイマー病をはじめとした変性性認知症特有の代謝物質を明らかに

認知症の診断に応用できる可能性を示唆

Tsuruoka, M., Hara, J., Hirayama, A., Sugimoto, M., Soga, T., Shankle, W.R., Tomita, M. (2013) Capillary electrophoresis-mass spectrometry-based metabolome analysis of serum and saliva from neurodegenerative dementia patients. Electrophoresis. 34: 2865-72.

  変性性認知症は加齢に関連して発症する疾患の中でも特に一般的な疾患であり、人口の高齢化に伴い世界的にその患者数は増え続けている。脳の神経細胞の異常 が原因である変性性認知症には、アルツハイマー型、前頭側頭型、レビー小体型などがある。これらは心理検査や血液検査、さらに、CTやMRI、SPECT やPETなどによる脳の形の画像診断などによって総合的に判別されるが、いずれも脳内特定部位の委縮や、タンパク質の異常凝集などの変性が見られる点が共 通した特徴であることが明らかにされてきている。一方で、詳しい発症メカニズムや客観的な診断指標は未だに議論の的になっており、適切な処置も病型によっ て異なるため、総合的な調査と理解が求められている。

 そこで慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士一年の鶴岡茉佑子らは、変性性認知症に分類される各病型間での代謝プロファイルの比較解析を目的とした研究を行った。アルツハイ マー型・前頭側頭型・レビー小体型の三種の変性性認知症患者(N=10)、及び対照群である非認知症患者(N=9)から侵襲度が低いサンプルとして血清と 唾液を採取し、キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)によるメタボローム解析を行った。この解析によって各病型に特異的な代 謝物質を発見することができれば、病理の解明や、診断に応用することが期待される。

 結果として、血清ではβ-アラニン、クレアチニン、ヒ ドロキシプロリン、グルタミン、イソクエン酸、シチジンの6つ、唾液ではアルギニン、チロシンの2つの代謝物について、患者群と対照群との間で差が見られ た。また多変量解析の結果から、唾液と比べて血清の方が、疾患に由来する代謝プロファイルの変異を観察しやすく、診断に用いる材料として有用であることが 確認された。さらに、各病型を分離できるバイオマーカー候補として45個の代謝物が特定された。なかでもm/z 171.14、m/z 242.18の質量電荷比で検出された2つの代謝物は、病型によって傾向が異なるため、二重のスクリーニングを行う事で病型間での分離が可能であること分 かった(図)。これらの代謝物をはじめとするバイオマーカー候補を併用した多重スクリーニングは、手軽で客観的な病型診断につながる有用な手法である。加 えて、各病型に特有の代謝変動がクエン酸回路上の複数の代謝物で検出され、認知症患者体内では糖代謝の一部に変異が起きている可能性が示唆された。

 本研究は変性性認知症の代謝的な変動を病型間で比較した初の例となる。更なる研究の発展によって、病因によって異なる代謝プロファイルを診断に応用できる可能性を秘めており、病理解明への貢献が期待される。

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A: バイオマーカー候補として得られたm/z 171.14、m/z 242.18の代謝物。質量電荷比の値から、分子式はそれぞれC10H20O2、C14H25NO3と推定された。B:これらのバイオマーカー候補を用い た二重スクリーニングのイメージ図。病型によって代謝変動のパターンが異なるため、2つの代謝物の量から病型を判断できる。

[ 編集: 池田香織 ]

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