慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト バクテリアにおける環境応答機構の進化の一端を明らかに

バクテリアにおける環境応答機構の進化の一端を明らかに

ネットワーク理論を応用した新たな進化解析手法を開発

Matsui, M., Tomita, M. and Kanai, A. (2013) Comprehensive Computational Analysis of Bacterial CRP/FNR Superfamily and its Target Motifs Reveals Stepwise Evolution of Transcriptional Networks. Genome Biol Evol. 5: 267-82.

  ゲノムの一部をRNAに写し取る"転写"は、セントラルドグマの根幹を担う重要な細胞内プロセスの一つである。この転写の過程は"転写因子"というタンパ ク質によって制御されている。転写因子は標的となるDNAの遺伝子上流配列に結合することによって転写の時期や転写の量の調節を行う機能を持っている。

 CRP/FNRスーパーファミリーは多くのバクテリアに分布するグローバルな転写因子群であり、類似したDNA結合モチーフを共有する一方で、そ れぞれが cAMPやNOといった多様な低分子との結合能を持ち、主要な環境応答機構に関わっている。従って、その進化モデル構築の意義は大きいが、CRP/FNR スーパーファミリーは巨大、かつ非常に配列多様性に富んでいるため、従来の系統解析手法を適用することは困難であった。そこで政策・メディア研究科後期博 士課程の松井求氏らは、既存の"ボトムアップ型"の系統解析手法ではなく、グラフ分割問題としてのクラスタリングを出発点とする"トップダウン型"の系統 解析手法を提案し、それに基づいた進化モデル構築を試みた。

 まず、1,455の既知ファミリー転写因子について配列類似性に基づいたス ペクトラルクラスタリングを行った結果、これらが12グループへ分かれ、CRPを始めとする多くの転写因子については結合する低分子ごとに高純度で分画さ れた。しかし一方でFNRについては複数のグループへまたがるように分画され、またAquifex門からProteobacteria門まで広く分布して いた。これはCRP/FNRファミリーの起源はFNRタイプの転写因子、すなわち窒素代謝に関わる制御因子であったことを強く示唆している。さらに 1,969本のバクテリアゲノムを対象に系統的プロファイリングを行ったところ、CRP/FNRファミリー、及びそのターゲットモチーフの組み合わせは進 化の過程で門を超えたダイナミックな変化を繰り返してきたことが明らかになった。このような柔軟な進化が現在の多様な環境応答機構を生んだと考えられる。 同時にこのような複雑な構造を持つスーパーファミリーの進化モデルが構築できたことは、分子進化、さらには生物の進化を解き明かす上で非常に意義深い。松 井氏らの開発した系統解析手法は幅広い生物種におけるさまざまな因子に応用可能である。本手法を応用することで、従来の系統解析手法ではわからなかった新 たな進化モデルが提唱されることが期待される。

Image

Fig. 1-本手法の概要。(A) CRP/FNRファミリー転写因子の配列類似性ネットワーク、及びスペクトラルクラスタリングによる分画。(B) クラスタ単位での系統樹。 (C) CRP/FNRファミリー転写因子の進化モデル。

[ 編集: 池田香織 ]

TOPへ