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9種類の肝臓疾患を一度に診断する血液バイオマーカーを発見

γ-グルタミルジペプチド類の濃度の違いによって、各種肝臓疾患を識別可能に

Soga, T., Sugimoto, M., Honma, M., Mori, M., Igarashi, K., Kashikura, K., Ikeda, S., Hirayama, A., Yamamoto, T., Yoshida, H., Otsuka, M., Tsuji, S., Yatomi, Y., Sakuragawa, T., Watanabe, H., Nihei, K., Saito, T., Kawata, S., Suzuki, H., Tomita, M., Suematsu, M. (2011) Serum metabolomics reveals γ-glutamyl dipeptides as biomarkers for discrimination among different forms of liver disease. J. Hepatol., 55(4), 896-905.

  肝臓は生体の代謝の中心を担っており、ヒトが健康に生きていくために重要な役割を持っている臓器である。しかし、肝臓は沈黙の臓器と言われるように、病気 になってもなかなか症状が現れにくい。そのため、気がついたときには手遅れになっていることが多く、早期発見の大切さ、難しさが指摘され、簡便な診断方法 が求められている。

 そこで、慶應義塾大学先端生命科学研究所(慶大先端研)の曽我朋義教授らは、細胞内の分子を網羅的に測定することのできるメタボローム技術を用い て、血中の成分により肝臓疾患を診断する手法の開発を試みた。具体的には、慶大先端研が開発したメタボローム解析装置、キャピラリー電気泳動-飛行時間型 質量分析計(CE-TOFMS)を用いて、東大病院および山形大病院で採取された合計257例の各種の肝臓疾患患者および健常者の血清のメタボローム解析 を行った。その結果、十数個のγ-グルタミルジペプチド類が各肝臓疾患患者で有意に増加していること、またγ-グルタミルジペプチド類の濃度は、各肝臓疾 患の種類によって異なっていることを発見した(図1A)。

  多重ロディスティック回帰モデルを用いて、各種の肝臓疾患を区別する方法を探索したところ、数個のγ-グルタミルジペプチド類を組み合わせると、9種類の 肝臓疾患(B型ウイルス持続性感染、B型慢性肝炎、C型ウイルス持続性感染、C型慢性肝炎、C型肝硬変、C型肝細胞がん、薬剤性肝炎、単純性脂肪肝、非ア ルコール性脂肪肝炎および健常者を高い精度で診断できることがわかった(図1B)。このことは、γ-グルタミルジペプチド類の濃度が、肝臓疾患において信 頼性の高いバイオマーカーとなりうることを示している。

  続いて曽我教授らは、肝臓疾患患者で血液中のγ-グルタミルジペプチド類が増加するメカニズムも解明した。ウイルス感染や、炎症による肝臓疾患では、生体 に有害な活性酸素種が生成する(酸化ストレス)が、生体は酸化ストレスから身を守るため、グルタチオンなどの抗酸化物質を生成して活性酸素種を除去する。 この際に肝臓でグルタチオンが生成されるときに副産物としてγ-グルタミルジペプチド類は一緒に生成され、それが血中に溶出し濃度が高くなっていることが わかった。

 現在の肝臓疾患は、血液検査、超音波、CT、MRIの画像検査、肝生検の結果から診断されるが、本法は、血清測定のみで各種の 肝臓疾患を一度にスクリーニングできる画期的な方法である。将来、本解析技術が健康診断で使われることになれば、肝臓疾患の早期発見、早期治療につながる だろう。また、メタボローム解析技術を使った疾患の診断法は、肝臓疾患のみならず、さまざまな疾患に適用することができる。メタボローム解析技術の発展に より、さまざまな疾患がより迅速に、簡便に診断可能となることに期待したい。

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図1: (A)各肝臓患者の血清中の代謝物の濃度 ほとんどの肝臓疾患で十数個のγ-グルタミルジペプチド類が高値を示した。 (B)各肝疾患患者の受信者動作特性(ROC)曲線 実線が試験コホート(山形大病院の患者)、点線が検証コホート(東大病院の患者)のROC曲線を示した。

[ 編集: 池田香織 ]

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