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パーソナルゲノム時代の先進的リテラシー教育

冨田勝所長のゲノムを教材としてパーソナルゲノムの実際を学ぶ

Arakawa, K., Tomita, M. (2014) Genome Analysis Workshop: a Personal Genomics class at Keio SFC. Keio SFC Journal., 14(1), 158-177.

  2000年代初頭に国際ヒトゲノム計画の完了が各国首脳によって宣言された。これは13年の歳月と約3000億円もの予算を投じた生物・医学の「アポロ計 画」とも呼ばれた巨大プロジェクトであったが、その後10年で遺伝子に基づく創薬やヒト医学に大きく貢献し、米国のあるシンクタンクの資産ではその経済効 果は投じられた税金を遥かに超えた80兆円にも及ぶとしている。一方、10年の月日は劇的なDNA解析技術の進展をもたらし、数年以内にはわずか数万円で 私たち一人一人の全ゲノム情報を解読できるようになると言われている。実際に、ゲノム中の限られた数万?数百万塩基を解析するサービスは既に日本を含む各 国で提供されはじめてきている。個人のゲノムが手に入るようになれば、私たちは自分たちがどのような病気になりやすいか、というリスクを事前に知ることが できるため、病気になってからの治療が中心的な現代の医療を、そもそも病気になる前に予防するという予防医療へと大きく転換させられる可能性がある。ま た、大規模なコホート研究などにより、現在難病・希少疾患とされているような疾患の原因を明らかにし、創薬や治療に結びつけられることも期待される。

 このような利点の一方で、個人ゲノムという「究極の個人情報」の管理や、遺伝情報による雇用や保険における差別、また、出生前診断や個人の"知らない権 利"など、多くの社会的・倫理的課題も存在する。パーソナルゲノムという大きな社会変革を起こしうる革新的技術を目前にして、現状一般市民はそのリテラ シーがほぼない状況にあり、社会的混乱を避けそのメリットを十分に享受するためにも、少しでも多くの人にパーソナルゲノムに関するリテラシー教育を浸透さ せることが急務となっている。そこで、これら課題解決の一助とするべく、荒川和晴特任准教授は世界に先駆けて、実際に個人のゲノムを教材として利用しパー ソナルゲノムの実際について体験的に学ぶ実習型講義「ゲノム解析ワークショップ」を2012年より開講した。教材の個人ゲノムは冨田所長のゲノムを本人の 同意の上で活用している。この講義では、前半7回の講義と実習でパーソナルゲノム解析の詳細や倫理的課題などについて学び、後半7回のグループワークで、 学生が少人数のグループにわかれ、それぞれ自分たちが立案したテーマに沿ってゲノムを解析する。講義の最終回では実際に冨田所長が参加し、本人立ち会いの もと、それぞれの学生グループが4ヶ月間かけて解析した内容を発表する。このように、「顔の見える」個人の解析体験を通じ、パーソナルゲノム解析の可能性 とその難しさについて理解が深まる点が特徴だ。

  多教材の冨田所長の全ゲノム情報は、これまでの診療録と共に実名で、誰もがアクセス可能な公共DNAデータベースに登録し、公開されている。取り扱いの難 しいパーソナルゲノムのリテラシー教育に直ぐに活用できるように、とのねらいからだ。慶應義塾における先進的取り組みはあくまでスタートであり、日本中で パーソナルゲノム教育が広がって欲しい、と荒川特任准教授は語る。パーソナルゲノム革命は大きな可能性と同時に社会的トラブルも内包するため、正しいリテ ラシーを元に最大限に活用できるような社会となれるよう期待したい。

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図  Aは「自分のゲノムを読んでみたいか」というアンケートの学期はじめ(April 2013)と学期おわり(July 2013)の結果。YesとNoの割合はほぼ一定だが、実際にはBに示すように学期はじめにYesと言っていたがNoになったケースやその逆が同数程度存 在し、パーソナルゲノム解析の可能性だけでなく難しさも含め学生に正しく伝わっていることがうかがえる。

[ 編集: 上瀧萌 ]

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