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線虫における変則的な遺伝暗号のゆらぎを解析

遺伝暗号を拡張することが可能な線虫特異的tRNAの作用機序解明に向けて

Hamashima, K., Mori, M., Andachi, Y., Kohara, Y., Tomita, M. and Kanai, A. (2015) Analysis of genetic code ambiguity arising from nematode-specific misacylated tRNAs. PLos One 10(1): e0116981.

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私 たちの体は数多くのタンパク質が協調することにより成り立っており、これらのタンパク質は全て、ゲノム上にコードされている。多様なタンパク質が存在して いる一方で、ゲノムはA, T, C, Gの4文字のみで表現されているに過ぎない。そのため、タンパク質を構成するアミノ酸は、遺伝暗号に厳密に基づいてDNAを『翻訳』することで作成され る。遺伝暗号の実体はDNA3文字から成る64通りの組み合わせが、それぞれアミノ酸20種類のいずれかを指定することであり、さらにこの生命システムの 大原則となる対応関係は多くの生物で共通であることが広く知られている。この遺伝暗号の対応付けを担うアダプター分子がTransfer RNA (tRNA) であり、それゆえ、tRNAの進化や機能を探求することは、生物学において大きな謎である遺伝暗号の成り立ちや普遍性を議論する上で欠かせない。

当時 政策・メディア研究科博士課程の浜島聖文氏らは、これまで、特に真核生物tRNAに着目し、生命情報学や実験生物学にまたがるアプローチによって、 tRNAが有している進化的多様性や構造的特徴、および化学的特性を詳細に調べてきた。その結果、線虫という種のtRNAは通常とは異なり奇妙な分子構造 を有していることを発見し、nev-tRNAと命名した。線虫のnev-tRNAの興味深い特徴は、少なくとも試験管内で普遍的遺伝暗号で定められている 以外の変則的な変換が行われていることにある。つまり、一般的にはDNAとアミノ酸の対応は決して崩れることがないという法則が崩れているのである。そこ で、試験管内のみならず線虫の生体内においても同様に変則的なアミノ酸への変換が実際に起きているのか否かに焦点をあてさらなる研究を行った。

浜 島氏らはまず、線虫特有のnev-tRNAが線虫の生体内において、低発現ながらも働いていることが期待できる状態であることを見出した。しかしながら、 線虫の生体内にあるタンパク質量を一斉に分析した結果、nev-tRNAが引き起こしたと考えられる遺伝暗号変化は検出できなかった。以上の結果から考え ると、少なくとも通常の線虫飼育環境下ではnev-tRNAが翻訳に使用されている可能性は低い。そこで浜島氏は、nev-tRNAが線虫ゲノム上に存在 するいくつかの仮説を打ち立てた。1つ目は、環境ストレス応答といった条件特異的な線虫の生存戦略に有利に働いているという可能性である。もう1つの可能 性としては、当分子の線虫ゲノム上への出現は中立進化の結果であり、いずれ遺伝的浮動などにより失われる過程にあるという可能性である。今後これらの可能 性をより深く調べることによって、遺伝暗号の更なる理解や近代のtRNA研究へ貢献することが期待される。

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図: 線虫のタンパク質一斉分析の結果、予測された誤翻訳のパターン。nev-tRNAが読む可能性があるコドンGly (GGG) やIle (AUA) に顕著な誤翻訳のパターンは認められなかった。ヒートマップは各コドンについて予測された特定のアミノ酸への誤翻訳の確率を示している。棒グラフは各コド ンについて予測された誤翻訳総数を示している。なお、XleはLeuもしくはIleを意味する(質量分析ではLeuとIleを区別できないため)。

[ 編集: 川本夏鈴 ]

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