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血液の採取や保存条件が代謝物プロファイルに与える影響を解析

より細かな条件検討で、有益な代謝情報を得ることが可能に

Hirayama A, Wakayama M, Soga T. (2014) Metabolome analysis based on capillary electrophoresis-mass spectrometry. Trend Anal Chem, doi:10.1016/j.trac.2014.05.005

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生 物に関わる全ての測定は、いかに生体内の様子を再現できるかによって、得られる結果の意味が大きく異なってくる。生体内の解析手 法のひとつであるメタボローム解析とは、存在する代謝物を一斉に測定し、どのような物質が含まれるかを明らかにする技術であり、近年、さまざまなサンプル の代謝成分の詳細 (代謝物プロファイル) を測定することにより、がん疾患の有無を見分けることも可能になりつつあることからも注目を集めている。一方で、メタボローム測定に使用されるサンプルの 代表例である血液は、これまで受け取ってからの安定性には気を使われてきたものの、受け取るまでの安定性についてはあまり議論されてこなかった。したがっ て、採血してから研究者の手に渡るまでの様々な変動因子、例えば血液の採取条件や保存条件が代謝物のプロファイルにどのような影響を及ぼすか検討する必要 があった。

メタボロームの測定技術の成熟により、血液や尿を解析対象として、大規模な症例数を対象としたコホート研究の例が増えつつある。今回、先端生命科学 研究所の平山明由氏らは、鶴岡みらい健康調査で1万人分の血中代謝物のメタボローム解析を行うのに先立ち、血液を採取してからの処 理方法や保存方法がイオン性の代謝物プロファイルにどのように影響するかをキャピラリー電気泳動-質量分析法(CE-MS)を用いて検討した。具体的に は、採血後の静置時間と、血清・血漿の凍結融解によって、代謝物プロファイルに変化があるかを分析した。血清は通常、採血後1時間程度室温に静置し血球成 分を凝固させた後に遠心分離を行って調製するが、多検体を同時に処理する施設などでは厳密に静置時間を揃えるのは困難な場合が多い。そこで、採血後60 分、180分、360分間それぞれ室温にて静置した後に、遠心分離を行って得られた血清検体のメタボローム解析を行った。その結果、採血後の静置時間が長 くなると、特にアスパラギン酸とグルタミン酸の濃度が顕著に上昇していることが明らかとなった。一方、血漿ではこのような傾向は見られなかった。これら2 つのアミノ酸は酸性アミノ酸に分類されており、タンパク質の加水分解によって生成している可能性が考えられるが、詳細な生成機構については不明である。

次 に、血清・血漿サンプルの凍結と融解によって、代謝物プロファイルに変化があるかを検討した。実際の測定時においても、一度作製した血清・血漿が、測定の やり直しや新規測定項目の追加などで検体の凍結融解が繰り返し行われるケースが想定されるためである。そこで、代謝物抽出前後の血清・血漿サンプルについ て凍結と融解を1回、2回、5回、10回それぞれ繰り返した際の代謝物濃度の変化について検討を行った。その結果、代謝物抽出前の血清・血漿サンプルは凍 結融解を繰り返しても安定に存在することが分かった。しかしながら、静置時間でも変化の見られたアスパラギン酸・グルタミン酸の2つの酸性アミノ酸は、凍 結融解を10回繰り返すことで濃度の上昇が認められた。また、システイニルグルタチオンジスルフィドという代謝物の濃度は血清・血漿共に10回の凍結融解 の繰り返しによって濃度が約1/3になった。この代謝物は分子中に比較的不安定なジスルフィド基と呼ばれる官能基を有しており、凍結融解の繰り返しによっ て分解した可能性が示唆された。一方、代謝物抽出後の検体では、ほぼ全ての代謝物において10回の凍結融解を行っても安定であることが分かった。

本 研究では、CE-MSを用いたメタボローム解析で得られる代謝プロファイルに関して、血液採取から測定までの工程の影響を調べた。血清と血漿の間で得られ る代謝プロファイルはよい相関が確認されたが、血清はより処理工程の影響をより受けやすい結果であった。しかし、どの比較でも代謝プロファイルに個人の特 徴は保持されており、これらの結果を踏まえ各工程の設計に注意を払いつつ、不要なバイアスを除くことによって、再現性の高い代謝プロファイルを得ることは 充分に可能であると考えられる。鶴岡みらい健康調査では、この調査研究を踏まえた再現性の高い手法が適用されることにより、多くの有意義な結果が得られる ことを期待したい。

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図;採血後の静置時間の違いによる血清(serum)及び血漿(plasma)中のアスパラギン酸(Asp)とグルタミン酸(Glu)濃度の変化について

[ 編集: 川本夏鈴 ]

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