慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト 生きた化石"カブトエビ"の進化に迫る

生きた化石"カブトエビ"の進化に迫る

山形県産ヨーロッパカブトエビにおけるmiRNAの大規模解析

Ikeda KT, Hirose Y, Hiraoka K, Noro E, Fujishima K, Tomita M, Kanai A (2015) Identification, expression, and molecular evolution of microRNAs in the "living fossil" Triops cancriformis (tadpole shrimp), RNA, 21, 230-242
Image
"カ ブトエビ"と聞いて、ピンとくる人はどのくらいいるだろうか?大きくて、海に住んでいる生物?残念ながら不正解、それはカブト「ガニ」である。正解のカブ ト「エビ」は主に田んぼに生息する、成体で3cmほどの小さな生き物である。節足動物、甲殻類、鰓脚綱に属しており、系統的にはミジンコに近い。このカブ トエビ、生物学的に興味深い特徴を2つ有している。一つ目は約二億年前から形態がほぼ変わっていないと言われていること(それ故、生きた化石と呼ばれてい る)。二つ目は幼生期の発生が、短時間で劇的に変化することだ。例えば1令幼生から4令幼生へはたったの約26時間で変化するが、体の大きさが二倍になる だけでなく、その間に体節が増えたり、尾鞭が伸びたりと、劇的な形態変化を引き起こす(図1A)。こういったユニークな特徴を持ちながら研究が進められて いない生物を、分子生物学的アプローチを用いて調べることで、モデル生物では知り得なかった、新たな知見が得られるのではないだろうか?そう考えた慶應義 塾大学政策・メディア研究科博士課程の池田香織氏らはカブトエビに着目し、発生と進化の両方に関連が深い分子であるmicroRNA(miRNA)の解析 を行った。

miRNAは22塩基程度の小さいRNA分子であり、遺伝子発現における転写・翻訳を制御することにより、発生や形態形成、細胞増殖といった生命現 象において重要な役割を担っている。カブトエビの6つの発生段階(卵、1?4令幼生、成体)からTotal RNAを抽出し、small RNA画分におけるcDNAライブラリーを作成後、次世代シーケンス解析によりmiRNAの同定を試みた。同時にカブトエビゲノムを抽出し、これも解析す ることでカブトエビのドラフトシーケンスを作成した。このsmall RNA配列とドラフトゲノム配列を照合し、カブトエビにおける87 種の保存されたmiRNA、及び、93種の新規miRNAを同定した。また、ドラフトゲノム配列を用いて、miRNA制御タンパク(AGO, DICER)を推定した。 まず、6つの発生段階におけるmiRNAの発現変動を調べたところ、6ステージ中1ステージにのみ特異的に発現するmiRNAが複数見つかった(図 1B)。カブトエビは幼生期に形態が劇的に変化していることから、1ステージ特異的に発現するmiRNAと幼生の形態形成の関連性が予測された。次に、モ デル生物であるショウジョウバエと、カブトエビの発生におけるmiRNAの発現パターンを比較した。その結果、ショウジョウバエとカブトエビでmiRNA 配列は類似しているにも関わらず、両者は発生において異なる発現パターンを示した。この結果は、miRNAの役割が種によって異なる可能性を示唆してい る。 次に、進化の側面から、カブトエビとヒトやハエを含めた12種のモデル生物のmiRNA配列の比較を行った。その結果、予想していたように、カブトエビの miRNAの大半は節足動物に保存されていた。しかし興味深いことに、カブトエビのmiRNAのうちlet-7は節足動物より脊椎動物に近い配列を示し た。さらにmiRNA制御因子についても他生物種との相同性を調べてみると、DICERも節足動物より脊椎動物に近い特徴を示した。つまり、カブトエビ miRNAは基本的には節足動物と相同性があるが、一部は脊椎動物に近い特徴を有していることがわかり、これはカブトエビが他の生物とは異なる進化をして きている可能性を示している。 カブトエビの分子生物学的研究はまだまだ始まったばかりである。発生時期特異的に発現しているmiRNAの機能は何であるのか?どうしてカブトエビの miRNAの一部が脊椎動物のそれと特徴が似ているのか?"生きた化石"のドラフトゲノム情報が明らかになった今、カブトエビにどのような秘密が隠されて いるのだろうか。本研究のように、フィールドワークや観察、そして情報学的解析など、様々なアプローチによって全容が解明されていくことを期待したい。

Image

図1:(A)発生過程におけるカブトエビの劇的な形態変化、(B)発生過程におけるカブトエビのmiRNAの発現プロファイル

[ 編集: 川本夏鈴 ]

TOPへ