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TNF関連シグナル伝達経路上で、細胞の免疫応答に重要な因子を新たに発見

シミュレーションによって、新たな創薬ターゲットを同定

Hayashi K, Piras V, Tabata S, Tomita M & Selvarajoo K (2013) A systems biology approach to suppress TNF-induced proinflammatory gene expressions. Cell Commun Signal 11, 84.

Hayashi K, Tabata S, Piras V, Tomita M & Selvarajoo K (2015) Systems Biology Strategy Reveals PKC-δ is Key for Sensitizing TRAIL-Resistant Human Fibrosarcoma. Front. Immunol. 5, 659.



私 たちの体内にある細胞は、日々さまざまな外部刺激を受けている。その中でも、特に病気から自己を守るため、生物は病原体などの非自己物質を認識し、細胞死 へと追い込む多様なシステムを自律的に確立してきた。このシステムは免疫系と呼ばれ、様々なタンパク質のシグナル伝達によって成り立っている。現代、多く の人々を悩ませている がん細胞も、この免疫システムで認識される異常な細胞の一つである。この がん細胞と免疫分野の研究は、免疫システムと がん細胞の相互作用によって がん疾患の進行が抑制されていることが明らかとなり、急速な発展を遂げている。特に、Tumor Necrosis Factor (TNF) シグナル伝達経路は、がん細胞を死滅させるために重要な細胞死を引き起こすことが明らかになっている。

先端生命科学研究所特任准教授のクマールセルバラジュ氏と同博士課程 (当時) の林謙太郎氏らのグループは、このTNFシグナル伝達に着目し、細胞が有害な刺激を受けた際の、TNFシグナルによる炎症応答制御の理解に加え、TNF関 連のシグナル伝達 (TNF-related apoptosis-inducing ligand; TRAIL) による がんへの抵抗性を理解することを目的とした研究に取り組んだ。がんの進行や増殖、そして細胞死のような、細胞のさまざまな挙動メカニズムをより深く理解 し、さらにコントロールするためには、生命を一つの高度なシステムとして捉えるシステム生物学のアプローチが必要とされている。そこで林セルバラジュ氏ら は、がん細胞及び正常細胞を用いた実験データおよび摂動応答理論をもとに動的なコンピュータモデルを構築し、シグナル伝達分子と遺伝子発現を統合的に解析 した。その結果、線維芽細胞内のTNFシグナル伝達経路において、生存に必要な免疫応答を保ったまま、炎症反応を効果的に制御する分子 (RIP1) を同定した[1]。さらに、TRAIL抵抗性のがん細胞では、細胞死を促進するターゲット分子 (PKC) を発見した[2, 3] (図1, 2)。

未 来の創薬現場では、効率的に創薬ターゲットを探索していくために、実験のみならずシミュレーションを駆使する必要性がある。本研究では、実験とコンピュー タの両方を兼ね備えたシステム生物学のアプローチを用いて、免疫応答に関わる疾患やがん細胞の増殖を制御する因子を同定することに成功した。これは、シス テム生物学のアプローチが創薬ターゲット探索に有効であることを示した非常に先駆的な一例であり、さらなる発展への寄与が期待される。

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(図1)ヒト線維肉腫細胞 (HT1080) 内における、実験データに基づいたシグナル伝達分子の挙動を示したシミュレーション結果。PKCをターゲットとする事で細胞死が大きく亢進する事が示唆された。

(図 2) ヒト線維肉腫細胞 (HT1080) とヒト大腸がん細胞 (HT29) 細胞及びヒト正常線維芽細胞 (TIG1) における細胞生存率。TRAILとPKCの阻害剤であるBIM-Iの両方を添加した際に、がん細胞であるHT1080及びHT29細胞の生存率が著しく低 下している事がわかる (赤枠部分)。

(reference)

[1] Hayashi K, Piras V, Tabata S, Tomita M & Selvarajoo K (2013) A systems biology approach to suppress TNF-induced proinflammatory gene expressions. Cell Commun Signal 11, 84.

[2] Piras V, Hayashi K, Tomita M & Selvarajoo K (2011) Enhancing apoptosis in TRAIL-resistant cancer cells using fundamental response rules. Sci Rep 1, 144.

[3] Hayashi K, Tabata S, Piras V, Tomita M & Selvarajoo K (2015) Systems Biology Strategy Reveals PKC-δ is Key for Sensitizing TRAIL-Resistant Human Fibrosarcoma
Front. Immunol. 5:659.

[ 編集: 川本夏鈴 ]

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