慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト 高度オイル産生微細藻類における多面的アプローチを用いた再分類

高度オイル産生微細藻類における多面的アプローチを用いた再分類

バイオ燃料産生の有用種を分子レベルの再評価、新種も発見

Kawasaki, Y., Nakada, T. and Tomita, M.(2015) Taxonomic revision of oil-producing green algae, Chlorococcum oleofaciens (Volvocales, Chlorophyceae), and its relatives. J. Phycol. 51: 1000-1016

地球上に存在する175万種にもおよぶ多様な生物は、綿密な分類体系にもとづいてその種が決められている。しかし、そもそも私たちはキアゲハとナミアゲハを、同じアゲハチョウ科の仲間のなかでどのように別の種類として判断できているのだろうか。実は、分子生物学全盛期の現在においても、これはからだのサイズや翅の模様など、基本的に形態学的な特徴にもとづいて分類されている。しかしながら、形態学的な特徴のみにもとづいた種分類では、識別形質 (どのような形態的な特徴をもとに分類をおこなうか) は種ごとに異なり、種の境界を明確にすることは難しい。また、1990年代におこなわれたリボソーム遺伝子にもとづく藻類の系統解析の結果から、形態のみにもとづく種分類の多くが人為的であるため、見直しが必要であることが示唆されている。

それを受け、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程の川﨑悠里子氏は、この分類の見直しを、バイオ燃料の材料として注目されるオイル産生微細藻でおこなった。オイルを貯めやすい藻類が、どのような分類であるかを分子レベルで明らかにし、バイオ燃料産生に貢献するためだ。ひとくちにオイル産生微細藻類といえども、そのなかには数多くの種類が存在しており、脂質を貯める量などは様々である。特に、オオヒゲマワリ目に分類されるChlorococcum (C.) oleofaciensは、成熟した細胞が多様な脂質を蓄積するため、オイル生産微細藻を用いたバイオ燃料の生産に向けて有用な種であると考えられている。また、主に形態学的特徴にもとづいた種分類は既におこなわれており、C. oleofaciens の異名 (同じ種であるが、違う名前で呼ばれている種) とされる種は6種知られていた。近年では、形態的な特徴だけでなく、リボソーム遺伝子のITS 配列の構造比較などを含めた分子系統学的なアプローチが、クラミドモナス属やオオヒゲマワリ目の中の一部の単細胞性および群体性緑藻鞭毛類の種分類に用いられている。しかし、多面的アプローチ、特に ITS の構造比較はまだオオヒゲマワリ目で不動性細胞の種類が最も多い属であるクロロコッカム の種分類には用いられていなかった。

そこで川﨑氏らは、C. oleofaciens 、その異名とされた6種の正統株(原記載論文で用いられた株)、およびそれらと類似した 18S rRNA 配列を持つ18株を対象とし、 上記のような多面的アプローチを用いてクロロコッカム属の種分類の見直しをおこなった。まず、オオヒゲマワリ目の種分類において広く用いられる18S rRNA 遺伝子配列にもとづいて系統解析をおこなった。18S rRNAとは、翻訳を行うリボソームを構成するサブユニットの1つであり、その配列保存度の高さから、配列比較による系統分類がよくおこなわれる。川﨑氏らはまず、この18s rRNAを用いた手法によって、対象の全18株の系統関係を明らかにした。その結果、対象18株のうち3株は、C. oleofaciens と系統的に大きく離れており、独立種であるという可能性が示唆された。残る 15 株はいくつかの種と共にC. oleofaciens の正統株と単系統群(Oleoクレード)を形成し、さらにその中で 4 つの系統グループに分かれることが明らかとなった。

次に、先ほどの18S rRNA 系統解析で分割された4つの系統グループの中で種の境界を定めることを目指して、rRNAの鋳型であるリボソームDNAを構成するITS 配列の二次構造を比較した。ITS配列に基づいた系統樹の分岐点における補償的塩基置換(CBCs)と塩基対挿入欠失の起こった回数を、変換促進(ACCTRAN)と変換遅延(DELTRAN)アルゴリズムを用いて、種間の境界を推測した。Oleoクレードの株は、先行研究における種内や種間における構造変化の数からの推測により、4 つの独立種に分かれることが示され、最終的に18株は7種に分かれることが示唆された。さらに、種ごとの形態学的な記載をするため、光学顕微鏡を用いて、再分類された7種それぞれの観察をおこなった。

このとき、ほとんどの形態的特徴が同じに見える種も存在していた。そこで予想されたのが、成熟細胞における差である。しかし、先行研究で用いられた培地と、栄養欠乏ストレスや酸化ストレスを与えた培地で培養して色を比較したところ、それぞれの種に数株ずつ例外があったため色は識別形質とはならなかった。その他にも、この7種のなかで主に栄養細胞の形、成熟細胞の大きさと細胞壁の厚さ、遊走子の眼点の形に差があることが観察された。また、そのうちの1種は多核細胞を持つことから Chlorococcum 属とは区別され、核の配置の特徴からMacrochloris 属の種であることがわかった。さらに、この種と既知の種の形態を比較したところ、最大細胞サイズや成熟した細胞の色が異なっていた。以上の特徴から、この種は新種であることが明らかになった。

これら3つの異なるアプローチは全て、対象としたC. oleofaciens とその類縁の全18株は7 種に再分類されることを示唆していた。この再分類の結果、形態学のみに基づいてC. oleofaciensと同種と考えられていた6種のうち、4種はC. oleofaciensではないことが示された。本研究のような多面的アプローチは、オオヒゲマワリ目のなかでも一部の単細胞性および群体性緑色鞭毛藻類においてのみ用いられてきたが、C. oleofaciens の種分類においても有用であることが明らかとなった。また、本研究のオイル産生微細藻類の種分類の見直しによって複数の株を高度オイル産生藻類として再評価するだけでなく、新種であるMacrochloris rubrioleumの発見にも繋げることができた。このように明確な進化的な立ち位置をもとにオイル蓄積能を分析し、有用性の高い新種株を用いることで、オイル産生微細藻類の実用化に貢献できるだろう。

図:AF-6 液体培地で3 ヶ月培養した Chlorococcum oleofaciens の細胞のナイルレッド染色写真。蛍光は油滴を示す。(A) 明視野。(B) 蛍光像。スケールバー = 10 μm

[編集:川本 夏鈴]

TOPへ