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ヨーロッパカブトエビと、tRNA断片の新たな関係性

選択されたtRNA fragmentが発生を制御する可能性が明らかに

Hirose, Y., Ikeda, T., K., Noro, E., Hiraoka, K., Tomita, M. and Kanai, A. (2015) Precise mapping and dynamics of tRNA-derived fragments (tRFs) in the development of Triops cancriformis (tadpole shrimp) . BMC Genetics 16:83

私たち生き物はさまざまな形態、つまり「かたち」を保っている。例えば、私たち人間の体は、生まれてから成長する過程でほぼ変わらない。その一方で、生き物のなかには、生まれてからその形態がダイナミックに変化するものもいる。この形態の変化はどのようなメカニズムで制御されているのだろうか。既にタンパク質合成でよく知られていた小さな分子・tRNAが、この形態変化に大きな役割を担っている可能性が"生きた化石"ヨーロッパカブトエビから示唆された。

tRNAは、タンパク質合成時にアミノ酸を運搬するというアダプター分子としての極めて重要な役割を有する70-100塩基程度の分子である。近年、そのtRNAから切り出された20-30塩基程度のRNA断片 (tRNA fragment; tRF) がいくつかの生物種において発見されており、遺伝子発現制御を行う例も報告されている。これは、アミノ酸運搬のみと考えられていたtRNAの新しい機能的側面を示しており、幅広い生物種での更なる報告が望まれる。そこで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程(当時)の広瀬友香氏は、ヨーロッパカブトエビのtRFについて、詳細な解析を試みた。ヨーロッパカブトエビは、幼生の発生過程で短期間に劇的にその形態が変化するというユニークな特徴を持っている。そのため、ヨーロッパカブトエビにおけるtRFの特徴が明らかになれば、tRFと発生や形態形成の関係について新たな知見が得られると考えらたためだ。

まず、どのようなtRFがカブトエビ内に存在するかを確認するために、超並列DNAシークエンサーによりヨーロッパカブトエビの6つの発生段階(卵、幼生1-4令、成体) それぞれの低分子RNAの配列情報 (25-45塩基長) を取得した。次に、カブトエビのミトコンドリア由来および核ゲノム由来のtRNA配列をtRFとは別に予測し、tRFtRNAの配列比較を行った。その結果、ミトコンドリアゲノム由来のtRNA16個、核ゲノム由来のtRNA39個のそれぞれからtRFが切りだされていることがわかった。興味深いことに、どのtRF領域が切り出されるかはtRNAの種類により決まっていた。 例えば、ミトコンドリアのtRFSer(GCU)tRNA5'末端から大量に発現しているが、ミトコンドリアtRFVal(UAC)3'末端から生成されていた。一方、核ゲノム由来tRFは発現量の高い4tRF (tRFGly(GCC)tRFGly(CCC)tRFGlu(CUC)tRFLys(CUU))全てがtRNA5'末端から生成されているという特徴があった(A)。さらに、超並列シークエンサーにより得られた配列数を発生段階毎に比較解析した結果、tRFそれぞれの発現量が発生段階に応じて変動している可能性を見いだした(B)

本解析によって、カブトエビのミトコンドリアゲノムおよび核ゲノム由来のtRFが発生段階毎に示している特徴の詳細が明らかになり、特定の領域から選択的にtRFが切り出されているということが示された。この結果は、カブトエビtRFは、tRNAのランダムな分解によって生成されているわけではなく、発生過程で機能性を有する分子として生成されている可能性を示す。特に、発生段階特異的に発現するミトコンドリア由来のtRFについては、本研究が初めての報告である。また、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科博士課程 (当時) の池田香織氏によっても、tRNAより小さなRNA分子であるMicroRNAmiRNA)の発現量が発生段階で大きく変化することが確かめられた (Ikeda KT, 2015)今後、tRFの発現組織や生成過程の解析が進むことで、tRFのみならずRNA全体が生体内で果たす役割が明らかになることが期待される。


(A) ミトコンドリア及び核ゲノム由来tRFの「切り出し」領域。tRNA配列にtRFをアライメントすることで、それぞれのtRFが切り出されている領域を予測した。

(B) 発生段階におけるミトコンドリアtRFの発現量の比較。各発生段階で観察されたtRFtRNAにマッピングし、その数を比較した。グラフの横軸はtRNA配列中の塩基の位置(5'末端→3'末端)、縦軸は正規化されたリード数を表す。

[編集:川本 夏鈴]

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