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真核生物の進化を、tRNAの特徴から検証する

奇妙な分子構造を持つtRNAを大規模に同定し、進化的な成り立ちを解析

Hamashima, K., Tomita, M. and Kanai, A. (2016) Expansion of Non-Canonical V-Arm-Containing tRNAs in Eukaryotes . Mol. Biol. Evol 33 : 530-540

DNAがタンパク質を構成するアミノ酸へと『翻訳』されるときには、遺伝暗号にしたがって行われる。この遺伝暗号は、DNA3文字ずつの組み合わせそれぞれが特定のアミノ酸と対応しており、いくつかの例外はあるものの、この対応関係は原則全ての生物で共通していると考えられている。Transfer RNA (tRNA) は『翻訳』で非常に重要な分子で、特定のDNAの並びとアミノ酸をそれぞれ認識し、結びつけるアダプターの役目を持っている。このことから、tRNA分子に生じる変化は遺伝暗号変化に直結するものが多く、遺伝暗号の成り立ちや、種を超えた普遍性を議論する上で、tRNAの多様性は鍵となる論点の一つである。これまで慶應義塾大学先端生命科学研究所のグループを中心にした研究成果により、古細菌におけるtRNAの多様性は明らかになりつつあったが、真核生物のtRNAは1つの生物種につき、数百から多いもので数万コピーが、ゲノムにコードされることもあり、その多様性の多くは明らかになっていなかった。

浜島聖文氏らは、このtRNAの多様性を明らかにするために、特に真核生物tRNAを対象として、生命情報学や実験生物学にまたがる多面的なアプローチによって、tRNAが有している進化的多様性や構造的特徴、および化学的特性を調べてきた。その結果、線虫という生物種のtRNAは、一般的なtRNAとは異なる奇妙な分子構造を有していることを発見し、nev-tRNAと命名した。また、少なくとも試験管内では、普遍的な遺伝暗号に従わない、変則的な『翻訳』に使用されることを明らかにした。浜島氏はさらに、このような奇天烈なtRNAが線虫のみならず他の生物のゲノム上にも存在するのか否かに焦点をあて研究を進めた。

そこで、69種に渡る真核生物ゲノムに対して、大規模に情報学的な解析を行った結果、nev-tRNAに似た構造的特徴をもつ奇天烈なtRNAが計253個、同定された(図)。我々はこれらのtRNAをnon-canonical V-arm-containing tRNAs (nov-tRNAs) と再命名し、その進化的側面を詳細に調べることで三つのタイプに分類した。タイプAは前述の線虫ゲノムに存在するもので、ロイシンtRNAあるいはセリンtRNAを起源としている可能性が高く、遺伝暗号を変則的に『翻訳』し得る活性を持つ。次に、タイプBは脊椎動物ゲノムに幅広く存在しており、その多くはtRNAに共通しているクローバーリーフ構造が崩れているtRNA様配列であった。またその起源は、動く遺伝因子の1種であるレトロトランスポゾンで、RNAを介して転移するレトロトランスポゾンのSINEである可能性が考えられる。最後に、タイプCは主に植物において、異なるゲノム間で発生する遺伝子の取り込みである水平伝播によって、葉緑体ゲノムから核ゲノムへ移行したものだと推察される。以上の結果は、真核生物の進化の過程で、線虫や脊椎動物、植物で独立してtRNAの多様化が生じたことを示唆するものである。

近年、一部の真核生物において、tRNAは本来の役割である遺伝暗号の対応付けではなく、複製・転写・翻訳制御などにも関与していることが分かってきており、本研究で示された奇天烈な構造を持つnov-tRNAsも、役割の多様性を生み出すために寄与しているのではないかと期待される。たとえば、線虫ゲノムに存在するタイプAは普遍暗号を変則暗号に書き換えることができるが、これがストレス条件など過酷な生育環境下で有利に働いていたりすれば、進化を議論するうえでも興味深い知見となるだろう。遺伝暗号の成り立ちといった生命現象の根幹を探求する基礎研究分野にも、今回のnov-tRNAのような奇天烈な発見はまだまだ残されているはずだ。診断や創薬といった応用研究だけでなく、 基礎研究のさらなる発展にも期待していきたい。


図:通常とは異なる奇妙な分子構造を有する三種のnov-tRNA・nov-tRNA様配列の二次構造

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