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Euglenaにおける網羅的遺伝子発現解析

De novo transcriptome assemblyによって嫌気条件応答の詳細を明らかに

Yoshida, Y., Tomiyama, T., Maruta, T., Tomita, M., Ishikawa, T. and Arakawa, K. (2016) De novo assembly and comparative transcriptome analysis of Euglena gracilis in response to anaerobic conditions. BMC Genomics 17:182

近年「ミドリムシ」という生物がテレビなどのメディアにも登場し、話題になっている。ラテン名ではEuglena(ユーグレナ)と呼ばれるこの生物は、植物のように光合成を行うだけでなく、動物のように動くこともできるという、植物と動物の特徴を併せ持つユニークな生物として理科の教科書に登場したことを覚えている人もいるかもしれない。Euglenaは緑色の見た目から「藻」(つまり植物)の一種だと考えられてきたが、近年の遺伝学的な解析によって、その特徴が実は動物に近いことが明らかとなってきている。

動物と植物の両方の特徴を持つEuglenaは、植物性・動物性両方のタンパク質やビタミンを合成することができ、その豊富な栄養素に目をつけた企業が、ミドリムシを健康食品として販売している。さらに、これまでの研究から、Euglenaは免疫調整剤作用が報告される『パラミロン(β-1,3-glucan)』や、ジェット燃料の新たなリソースとして期待される『ワックスエステル』などの有益な化合物も大量に合成・蓄積することがわかっている。特に、燃料資源の乏しい日本ではワックスエステルによるバイオ燃料生産の期待感も高く、戦略的創造研究推進事業(CREST)でもプロジェクトが進行している。このミドリムシで大量に合成・蓄積されるワックスエステルは、酸素の少ない嫌気条件におかれることによって、ワックスエステル醗酵経路が駆動し、蓄積されることが報告されている。しかしながら、その発酵経路がどのように調節されているのか不明であり、さらにEuglenaにおけるゲノム情報や遺伝子発現量を示すトランスクリプトーム情報といった基本情報もまだ未整備であった。

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程(当時)の吉田勇太氏は、Euglenaのトランスクリプトーム解析によって、まず発現している遺伝子の配列を網羅的に取得し、その上で遺伝子発現量の推移をさまざまな条件で大規模に調査した。情報学的スクリーニングの結果、26,479個の配列が実際にEuglenaでも発現している可能性があるものとして得られたが、その約半数はspliced leader配列というEuglenaにおいて特徴的な転写後調節を受けた構造を有していることが確認され、全長に近いcDNA配列を得られたことが示唆される。さらに、40%の配列がSwiss-Protデータベースに存在する既知のタンパク質配列との類似を示していた。これはEuglenaにおける最大規模の網羅的配列情報であり、今後の分子生物学的研究の基盤になることが期待される。

次に、これらのデータを用いて、ワックスエステル生産を誘導する24時間嫌気条件処理を行ったEuglenaと、コントロールである好気条件処理後のサンプル間の遺伝子発現変動解析を行ったところ、2,080個の配列が有意に発現変動する遺伝子(DEGs: Differentially Expressed Genes)であることがわかった。このように嫌気処理による遺伝子発現変動は限定的であったものの、光合成、ヌクレオチド代謝、酸化的リン酸化、脂肪酸代謝などの経路が制御を受けていることが明らかとなった。また吉田氏らは、パラミロンやワックスエステル合成に関与する幾つかの新規遺伝子をも同定した。

吉田氏によるトランスクリプトーム解析によって、Euglenaにおいて初めて網羅的なトランスクリプトーム情報が提供された。それだけでなく、好気条件と嫌気条件を比較した発現変動解析結果によって、嫌気条件に応答するパラミロンとワックスエステル代謝経路調節は、転写レベルではなく、アミノ酸への翻訳後調節レベルなどで制御されている可能性が示唆された。 これらの情報がユニークな生物、ミドリムシの理解、および、ミドリムシの持つ機構を応用へと繋げるために貢献できるだろう。

図:24時間嫌気処理応答における発現変動遺伝子をpathway map上に表した。青が嫌気条件下で有意に発現が減少した遺伝子(a)、赤が発現上昇した遺伝子(b)を表している。

[編集: 川本夏鈴]

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