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疾病バイオマーカーの計画的な創出を指向した新規方法論の提案

疾病バイオマーカーの生体内合成にむけて

Nishihara, T., Inoue, J., Tabata, S., Murakami, S., Ishikawa, T., Saito, N., Fukuda, S., Tomita, M. and Soga T. (2017) Synthetic Biomarker Design by Using Analyte-Responsive Acetaminophen . ChemBioChem 18, 910-913

血液などの体液サンプル中には、疾病の存在やその進行度を反映する生体分子 (バイオマーカー) が含まれていることが知られている。こうした体液サンプルを用いたアプローチは侵襲性が低いため、患者への負担が軽く非常に有用である。その一方で、体液サンプルから疾病に相関するバイオマーカーを見出すことは難しい。これは、対象となるバイオマーカーの存在量や安定性が低いことなどに由来する。

 上記のバイオマーカーの本質的な課題解決にむけて、近年、マサチューセッツ工科大学のBhatia教授らのグループによって、新たなアプローチが報告された。彼女らは、生体内でバイオマーカーを合成する "synthetic biomarker" というコンセプトを提案し、ペプチドを表面に修飾したナノ粒子を設計・利用することで、疾病バイオマーカーを創出可能であることを報告した。特定の疾患時に発現量が増加するプロテアーゼが、ナノ粒子表面に修飾されたペプチドを切断する性質を利用することで、疾患に応答しペプチド断片を尿排泄させることに成功している。実際にこれまでに、がんをはじめする様々な疾病に本方法論が適用され、高い有用性が示されてきた。しかし、プロテアーゼ以外の生体分子に適用するための方法論に欠き、synthetic biomarkerの解析対象は限定されていた。

 そこで、慶應義塾大学先端生命科学研究所の西原達哉氏 (日本学術振興会特別研究員)、曽我朋義教授らは、多様な標的を解析対象としうる汎用的な方法論の確立を目指した。

 本論文では、標的分子との反応に伴いアセトアミノフェン (APAP) を放出する機能性分子を用いる方法論を提案している。具体的には、APAPのフェノール部位に対して、標的と選択的に反応するモチーフを導入した機能性分子を設計し、それを用いて標的分子を解析するアプローチである (図a, b)。西原氏らは一例として、酸化ストレスの一つで種々の疾病との関連が示唆されている過酸化水素 (H2O2) を標的分子とし、H2O2応答性APAP (hydrogen peroxide responsive acetaminophen: HR-APAP) を設計した (図a右)。標的分子との反応後生じるAPAPは、肝臓で主に硫酸抱合かグルクロン酸抱合を受ける (図b)。そのため、血漿中に含まれるAPAP、および APAP抱合体2種とHR-APAPの濃度比 ([APAP+APAP抱合体]/[HR-APAP]: 変換比率) を算出することで、生体内における標的 (H2O2) の量を見積もることができると考えた。

 西原氏らはこの方法論の実現可能性を、HR-APAPをマウスに対して腹腔投与し、その後、腹腔内にH2O2を投与する群、および、投与しない群を用意することで検証した (図c)。各時間における血液をサンプリングし、LC-MS/MSにて解析した結果、確かにH2O2を投与した群において、血漿中のHR-APAP量 (図b青色成分) が減少し、APAP、およびAPAP抱合体量 (図b赤色成分) が増加する挙動が確認された。さらに、各成分の血漿濃度から変換比率を算出したところ、腹腔内に投与したH2O2量に応じて、有意に増加することが確かめられた (図c)。今後、今回の方法論に基づき様々な標的に対する機能性分子を設計・開発することで、H2O2以外にも様々な生体分子を解析可能になると期待される。また、標的分子と疾病との間の相関が明らかとなれば、疾病診断に応用可能なバイオマーカー開発にもつながる。「本方法論は、生体内における分子の振る舞いを解き明かす上で有用なアプローチとなりうると考えている。基礎、応用の両方の側面で生物学研究に貢献できるよう、今後も精力的に研究に取り組んでいきたい」と西原氏は語った。

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図:本研究で用いられた方法論とその結果。

(a) アセトアミノフェン (APAP) をベースとする機能性分子の設計、及び、本研究で利用されたH2O2応答性アセトアミノフェン (HR-APAP) (b) 血液サンプルを用いた生体内の過酸化水素検出方法。(c) 実験方法、および、HR-APAPによる生体内過酸化水素の検出。

[編集:山本-エヴァンス 楠]

参考文献

G. A. Kwong et al. Nature Biotechnol. 31, 63-70, (2013).

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