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放射線がん治療効果の診断を助ける指標を発見

α線がん治療薬に特異的に応答する4遺伝子を特定

Ohshima, Y., Kono, N., Yokota, Y., Watanabe, S., Sasaki, I., Ishioka, N., Sakashita, T., Arakawa, K. (2019). Anti-tumor effects and potential therapeutic response biomarkers in α-emitting meta-211At-astato-benzylguanidine therapy for malignant pheochromocytoma explored by RNA-sequencing. Theranostics 2019; 9(6):1538-1549. doi:10.7150/thno.30353.

がんには薬の効きやすさや症状に大きな個人差があることから、近年、治療(Therapy)をしながら同時にその効果の診断(Diagnosis)を行う、セラノスティクス(Theranostics)と呼ばれる画期的な治療法が注目されている。そのために、こうした治療と診断を同時に行うことのできる放射性医薬品の開発が活発に進められており、バイオマーカー(生体指標)の探索が重要な研究課題となっている。

放射線治療の一種であるα線がん治療は、全身に転移したがんにも威力を発揮するがん治療法として注目されている。例えば、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(以下、「量研機構」)が開発した211Atで標識したノルアドレナリン類似体 211At-MABG (アスタチン211-メタアスタトベンジルグアニジン)はマウス実験で副腎に生じる悪性褐色細胞腫がん細胞に高い治療効果を示すことが報告されている。しかし、α線放出核種を用いたがん治療薬の開発については比較的研究例が少ない上に、体外からの診断が難しいといった課題があり、セラノスティクス実現のために診断を可能にする新たなバイオマーカーの探索が強く望まれている。

そこで、慶應義塾大学先端生命科学研究所の荒川和晴准教授、河野暢明特任講師らは量研機構の坂下哲哉上席研究員らと共に、211At-MABG に特異的なバイオマーカーを見つける手法として、近年発達が著しい次世代シーケンス技術を用いたRNA シーケンス解析(全遺伝子の発現変動解析)に着目した。これまでにも、α線がん治療薬の細胞応答については、マイクロアレイを用いた研究が数例行われているものの、効果的な遺伝子バイオマーカーの発見には至っていない。本研究では、より感度の高い遺伝子解読技術であるRNA シーケンス解析を用いて、 211At-MABG の治療効果の診断に役立つ指標遺伝子を探索することを研究の目的として定めた。そして、褐色細胞腫の細胞株 PC12 に対して合成した 211At-MABG を処置し、処置直後から継時的な遺伝子発現変動を未処理やγ線の照射後のそれと比較した。その結果、211At-MABG を処置した細胞では数千の遺伝子が特異的な応答を示し、中でも最も顕著に変動した161の遺伝子が統計的に絞り込まれた。それらを先行研究など参考に徹底的に調べたところ、 211At-MABG に特異的な4つの指標候補遺伝子(Otub1, Mien1, Vdac1, Vegfa)を選定した。いずれも、γ線照射や未処理細胞と比べて著しく高い発現を示すとともに、低濃度の211At-MABG の投与初期から発現量が増加し持続的な応答を示す、効率的なバイオマーカー候補である。

今回特定された遺伝子の中には、例えばTSPO と複合体を形成する VDAC1 のように、 PET などの放射線イメージング法と組み合わせて体の外からその応答を可視化できるものがあり、本性質を指標として正確なα線がんの診断が可能になることが期待される。さらに他の各遺伝子では、がん細胞の死滅や転移などに関わることが知られており、最適ながん治療法の選択や新たながん治療法の開発に役立つことにもつながる。荒川准教授は、「がん細胞を用いて得られた本成果を今後はラット生体内で検証し、将来的にはヒトの臨床応用研究に向けて取り組みたい」と語った。

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図1:がん治療効果の診断に役立つ4つの指標候補遺伝子の動き

タンパク質の分解を抑制するOtub1遺伝子ががん細胞の殺傷と転移に、がん細胞の遊走を促進する Mien1遺伝子が転移に関わることが知られている。ミトコンドリア膜上のチャネルをコードするVdac1 遺伝子は酸化ストレス応答に関係し、血管内皮増殖因子の1つであるVegfa 遺伝子は、血管形成誘導に関わることが知られている。Otub1遺伝子と Mien1遺伝子は治療効果の向上(治療)に、 Vdac1 遺伝子と Vegfa遺伝子は放射線イメージング等による効果の予測(診断)に役立つ可能性がある。


[編集:武田知己]

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