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海藻に含まれる物質の大解剖

乾燥保存が海藻の水溶性代謝物質に与える影響を明らかに

Hamid, S.S., Wakayama, M., Soga, T. and M. Tomita. (2018) Drying and extraction effects on three edible brown seaweeds for metabolomics. J. Appl. Phycol. https://doi.org/10.1007/s10811-018-1614-z


ワカメ、コンブやモズクなどの海藻は、ミネラルやビタミンなど栄養が豊富に含まれる食材で私たちの食卓には欠かせない存在だ。実際に、日本は世界一の海藻の生産量と消費量を誇っている。一般的に、私たちの手元に届く海藻類は長期保存のために乾燥させる。その乾燥方法としては、天日干しや凍結乾燥(フリーズドライ)、オーブンなどで高温にさらす乾熱処理など、さまざまな方法が取られ、海藻の栄養分は大きく影響を受けることが知られている。しかしながら、うまみ成分である「グルタミン酸」などに代表される水溶性の代謝物質の量がどのように変化するのかは理解されていなかった。

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程のShahlizah Saul Hamid氏、特任講師の若山 正隆氏らは、乾燥処理が海藻の水溶性代謝物質に与える影響の詳細を明らかにすることを目指した。日本の代表的な海藻であるモズク(オキナワモズク)、ワカメ、コンブに対して、フリーズドライ法、40℃もしくは80℃の乾熱処理を行い、サンプルに含まれる代謝物を包括的に計測する手法であるメタボローム計測を行った。今回、特に標的とした水溶性代謝物質の計測については、数あるメタボローム計測のなかでもキャピラリー電気泳動-質量分析法(CE-MS)が適していることが知られている。慶應義塾大学先端生命科学研究所が誇るCE-MS設備を最大限に利用することで、これまで理解されていなかった乾燥処理による水溶性代謝物質の変化について、包括的な計測が可能となった。

 まずHamid氏らは、異なる乾燥方法で海藻に含まれる水分量が変化するかを検討したが、最終的に海藻に含まれる水分量は異なる乾燥方法でも変化しなかった。このことから、メタボローム解析の結果で見られる水溶性代謝物質の違いは、海藻に含まれる水分量の違いによるものではなく、乾燥処理の違いによるものであると考えられる。そこで次に、ワカメ・コンブ・モズク内に含まれる水溶性代謝物質の詳細を海藻間で比較したところ、水溶性代謝物質は、乾燥・抽出方法よりも、海藻の種類によって大きく異なっていた(図)。つまり、乾燥方法は海藻の特徴的な水溶性代謝物の傾向をまるきり変えてしまうようなことはないと考えられる。また、どの海藻においても乾燥処理の結果は類似しており、乾熱処理と比較して、フリーズドライ法を使った海藻サンプルのほうが、より多様な水溶性代謝物が保存されていた。次に水溶性代謝物質の保存具合が良好だったのは40℃で乾熱処理を行った場合だった。先行研究でも、40℃の乾熱処理で水分量を50%にした場合は酸化防止物質の増加に伴い、生の海藻よりも栄養が多くなることが報告されており、妥当な結果であると言える。一方で、80℃の乾熱処理を行った海藻では栄養素となる物質が減少しており、海藻は高温にさらされることでダメージを受けるといえる。

 最後にワカメ・コンブ・モズクの各サンプルが含んでいる水溶性代謝物質について、詳細な解析を行った。その結果、フリーズドライしたワカメとコンブでは、うまみ成分であるグルタミン酸が特に多く含まれていた一方で、モズクにグルタミン酸はわずかにしか含まれていなかった。また興味深いことに、グルタミン酸を最も多く含むのは、出汁をとるのに使われるコンブではなくワカメであり、さらにワカメにはその他のアミノ酸も多く含まれていた。今回、Hamid氏らが採用した手法と併せると、ワカメにはタンパク質を構成していない状態のアミノ酸(遊離アミノ酸)が多く含まれていると考えられる。この他にも、多く含まれる特徴的な代謝物は、海藻の種類ごとに異なっていることが明らかになった。これらの特徴的な代謝物が乾燥前後にどう変化するかを検討した結果、減少する代謝物がある一方で、ゲノムを構成する核酸であるシトシン、グアニン、アデニンなどの量は乾燥後に増加が見られるなど、乾燥による影響は代謝物ごとにも異なっていることが明らかとなった。

Hamid氏らの研究によって、乾燥処理が海藻の水溶性代謝物に与える影響の詳細が明らかとなり、特に凍結保存した海藻では栄養素が保存されること、海藻ごとに多く含まれる水溶性代謝物質が大きく異なることや、乾燥処理の影響が代謝物質ごとに異なることなどが明らかになった。これらの結果を踏まえ、各代謝物質の特徴の詳細を明らかにしたり、海藻の味との関係性を検討したりできれば、より美味しく栄養も豊富な海藻の生産や栄養素を失いにくい保存方法の確立にも繋がり、私たちの食卓がより充実したものになると期待できる。


Shalizah図.png

図:海藻の水溶性代謝物質のクラスター分析結果。海藻ごと、乾燥・抽出手法ごとに特徴的な水溶性代謝物質が異なっていることを示している。

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