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メタボロゲノミクス:腸内細菌と腸内代謝物の統合解析

食事による腸内環境変化の評価法を確立

Ishii C, Nakanishi Y, Murakami S, Nozu R, Ueno M, Hioki K, Aw W, Hirayama A, Soga T, Ito M, Tomita M, Fukuda S. A Metabologenomic Approach Reveals Changes in the Intestinal Environment of Mice Fed on American Diet. Int. J. Mol. Sci. 2018 Dec 17;19(12). pii: E4079. doi: 10.3390/ijms19124079.

 
 われわれの腸管内には多種多様な細菌が生息しており、その種類は約1,000種類、細菌数は約40兆個、重さにして約1,000gにもおよぶ。こうした多様な細菌が腸管内で群集構造を形成し、菌種ごとに並んで咲くお花畑のようにも見えることから、腸内細菌叢は「腸内フローラ」と呼ばれることもある。腸内細菌叢には、難消化性多糖の分解、必須栄養素であるビタミン等の産生、免疫システムの構築、病原性細菌の増殖抑制などの機能があり、それはもはや一つの臓器に相当すると言っても過言ではない。近年、これらの代謝活動が大腸がんや肝がん、さらには糖尿病や動脈硬化をはじめとする全身疾患の発症や悪化にも関与することが報告されている。このような腸内の健康状態を適切に評価するには、いわゆる「善玉菌・悪玉菌」を見れば良いというほど単純ではなく、腸内細菌が産生する代謝物質までを含めた腸内環境全体のバランスを考慮する必要がある。

 そこで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程(当時)の石井千晴氏らは、腸内細菌叢の16S rRNA遺伝子に基づくメタゲノム解析データと腸内代謝物質のメタボローム解析データを組み合わせることで、腸内細菌叢の構成やその機能を網羅的に統合解析する「メタボロゲノミクス」のアプローチをとった。(図1A)。本手法では、質量分析装置によって得られた代謝物質プロファイルと、次世代シーケンサーによって得られた腸内細菌叢プロファイルに対して、各々の階層における独立した解析と、両データの時系列を伴った統合解析を行う。これにより、対象の腸内環境の特徴を明らかにするとともに、個々の細菌種と代謝物質との相関について網羅的に解析し、その制御につながる手がかりを得ることができる。

 本手法を用いて、アメリカ人の食事栄養組成を模倣したアメリカ食を摂取させたマウスと、コントロール食を摂取させたマウスの腸内環境の比較解析を行った。その結果、代謝物質プロファイルの比較によって、アメリカ食摂取群で通常群よりも食物繊維を発酵することで産生する代謝物質として知られる短鎖脂肪酸量が多く(図1B)、細菌叢プロファイルの比較によって、アメリカ食摂取群でOscillospira属菌やRuminococcus属菌の割合が有意に多いことが明らかとなった(図1C)。実際、本研究で使用したアメリカ食には通常食よりも食物繊維が多く含有されており、これらの代謝物質の増加には腸内細菌叢が関与している可能性が示唆された。そこで更に、PICRUSt法を用いて細菌叢構成に基づいて機能遺伝子を推定し、腸内細菌叢組成や代謝物質との相関解析を行った結果、Oscillospira属菌およびRuminococcus属菌の割合、酪酸関連遺伝子の存在量、及び便中の酪酸量の三者間に有意な正の相関があることが明らかとなった。これら2属の菌は酪酸産生能があることが報告されているが、本研究におけるメタボロゲノミクス手法によってもアメリカ食摂取マウスの腸内でこれらの菌が酪酸を産生している可能性が示唆された。

 これらの結果から、本研究で開発したメタボロゲノミクス手法は、食事介入による腸内細菌叢や腸内代謝物質の変動を精度良く検出可能であり、腸内環境を適切に評価するだけでなく、腸内細菌叢の機能を理解する上で有用な手法であると考えられる。石井氏は「本手法を用いることで、将来的には腸内環境に基づく新たな医療・ヘルスケアの創出につながることが期待される」と語った。

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図1:メタボロゲノミクス手法の概要とアメリカ食摂取マウスの腸内環境評価

(A)メタボロゲノミクス手法の概要。得られた便サンプルから細菌叢解析、代謝物質解析、それらの統合解析を行う。(B)アメリカ食と通常食摂取マウスの短鎖脂肪酸量の比較。(C)アメリカ食と通常食摂取マウスの酪酸産生菌の相対存在量の比較。(D)酪酸産生菌の相対存在量、酪酸量、PICRUStによって推測された酪酸産生関連遺伝子量の相関解析。

[編集:武田知己]

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