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tRNAリン酸化酵素の多様性はいかにして生み出されたのか、大規模分子進化解析でtRNAリン酸化酵素Clp1ファミリーの進化系譜が明らかに

tRNAリン酸化酵素の多様性はいかにして生み出されたのか

大規模分子進化解析でtRNAリン酸化酵素Clp1ファミリーの進化系譜が明らかに


Saito, M., Sato, A., Nagata, S., Tamaki, S., Tomita, M., Suzuki, H., and Kanai, A. (2019) Large-scale Molecular Evolutionary Analysis Uncovers a Variety of Polynucleotide Kinase Clp1 Family Proteins in the Three Domains of Life. Genome Biol Evol. 2019 Oct 1;11(10):2713-2726. doi: 10.1093/gbe/evz195.

生物の遺伝情報は、DNAからRNAへの転写を経た後にタンパク質へと翻訳される。このセントラルドグマと呼ばれる生物の基本原則のなかで、Transfer RNA (tRNA) Messenger RNA (mRNA) が持つ3文字の並び (コドン) と対応するアミノ酸を運ぶ役割を持っており、タンパク質の合成に不可欠な分子である。真核生物や古細菌 (アーキア) の一部のtRNAには、イントロンと呼ばれる成熟過程で切り取られる配列を持つ、前駆体tRNAが存在する。これらのイントロンを除去し、成熟tRNA分子を合成するために2つの経路が知られている。そのうちRNADNAの連結で重要なリン酸基の転移が関わる経路について説明する。まず、前駆体tRNAのイントロン部位がスプライシング酵素によって除去されたあと、残っている前駆体tRNAエクソンの5'末端が、RNAリン酸化酵素(Clp1)によってリン酸化される。最後に、このリン酸化を受けた前駆体tRNAの各エクソン断片がtRNA リガーゼによって連結されることで成熟tRNAが完成する (1)。ヒトやマウスでは、これらのステップに関わるClp1の機能不活性化によって、tRNA断片の細胞内蓄積により、神経病が誘発されることも報告されている。また、生物は真核生物・古細菌・真正細菌(バクテリア)に大別されると考えられているが、Clp13ドメインのうち真核生物と古細菌の両者で同定されており、種ごとにその機能や構造に多様性も存在する。さらに、残る1つのドメインである真正細菌においてもClp1の一部と構造が類似したタンパク質が情報学的に予測されており、生物の3ドメインすべてにClp1が存在する可能性も示唆されている。しかしながら、Clp1タンパク質について、包括的な分子進化解析はこれまで行われておらず、生物の3ドメインにおいてどのくらいの割合でClp1が保存されているか、特に真正細菌がClp1を持つのかは確信的な証拠はなく、その多様性がどのような進化によるものかも不明だった。

そこで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の齋藤元文氏と金井昭夫教授らは、生物の3ドメインをまたぐ大規模な分子進化解析によって、Clp1タンパク質の系統学的分布を詳細に明らかにすることを目指した。より大規模な解析に向けて、齋藤氏らは複数のClp1タンパク質の酵素活性を担うPNK (Polynucleotide Kinase) ドメインを基に真核生物、古細菌、真正細菌についてClp1タンパク質の有無を探索した。その結果、Clp1遺伝子は真核生物1,426種、古細菌211種で同定されただけでなく、新たに真正細菌144種にも存在することが明らかになった。また、生物の3ドメインにおいて、共通のタンパク質ドメイン以外に差があることから、タンパク質ドメインの進化が起きたことが考えられた(図2)。興味深いことに、真正細菌のClp1は様々な門に広く分布している一方で、真正細菌全体の種数に対するClp1の存在比が極めて少なく、その多くが好熱環境に生育していた。次に齋藤氏らは、情報学的解析によって予測された新規真正細菌のClp1が、真核生物や古細菌のClp1と同様に核酸へのリン酸化機能を持つかを実験的に検証した。予測された真正細菌のClp1を大腸菌で組換え体タンパク質として精製し、DNAやRNAへのリン酸化機能を検証した結果、真正細菌Clp1はDNAとRNA両者をリン酸化し、特にRNAをよりリン酸化する傾向があることが明らかとなった。真核生物のClp1はRNAのみをリン酸化することから、真核生物のClp1と比較すると真正細菌のClp1は基質特異性が緩いと考えられる。さらに、真正細菌のClp1は90˚CでもRNAリン酸化活性を示す耐熱性タンパク質であった。この結果は、真正細菌のClp1が好熱環境に生息する古細菌由来の遺伝子であることを示唆している.今後、Clp1の構造的な特徴と酵素活性の関係性が明らかになれば、Clp1の関与が知られているヒトの神経病について新たな知見を得ることにも繋がると考えられる。


齋藤氏は「これからの生命科学の分野では、より膨大で複雑なデータを扱う必要が出てくると予想されます。その中で、意味のある情報を絞り込んだうえで実験学的に検証する、といったプロセスを如何に行うのか。この点は、本研究のような分子進化学のみならず、複雑な生命現象を理解していく上で重要であると思いますし、今後も多角的なアプローチによって研究進めていきたいです。」と語った。


斎藤_図1.png

図1. 前駆体tRNAから成熟tRNAが合成される一過程
(I) 前駆体tRNA のイントロン(水色)がスプライシング酵素によって除去され,(II) tRNA のエクソン(黒色)の5'末端がClp1によってリン酸化を受け(赤丸),(III) tRNA ligaseによってtRNAエクソン(黒色)同士が連結されることで,機能的な成熟tRNAが合成される.


斎藤_図2.png

図2. 真核生物,古細菌,真正細菌Clp1を用いた分子進化系統樹
Clp1は真核生物 (Eukarya),古細菌 (Archaea),真正細菌 (Bacteria)に広く分布し,リン酸化に必須のClp1_Pドメイン(緑色)はすべての生物種のClp1で保存されていた.


[編集:河野夏鈴]

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