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抗がん剤の効果を飛躍的に高めるタンパク質SLFN11の新機能を発見

大規模なクロマチンリモデリングによって「最初期遺伝子」の転写を制御

Murai J, Zhang H, Pongor L, Tang SW, Jo U, Moribe F, Ma Y, Tomita M, Pommier Y. Chromatin Remodeling and Immediate Early Gene Activation by SLFN11 in Response to Replication Stress. Cell Rep, 2020;30(12):4137-4151. doi: 10.1016/j.celrep.2020.02.117.

抗がん剤のうち、その薬剤の構造にプラチナを含む白金製剤(シスプラチン、カルボプラチンなど)は、DNAに傷をつけて細胞死を誘導するのでDNA障害型抗がん剤と呼ばれ、約50年前から現在に至るまでがん治療の最前線で使用されつづけている。がん細胞は異常な増殖を繰り返すため、この種類の抗がん剤は正常細胞に比べ複製が盛んな全ての がん細胞に対する選択的効果が期待される。一方、現実的には抗がん剤の効果は一定ではないし、正常細胞をも攻撃してしまうために強い副作用(骨髄抑制、消化器障害、脱毛)を伴う。そこで、投与前にDNA障害型抗がん剤の効果を予測することができれば、医学の進歩により がん治療の選択肢は増えているので、効果が低い場合には最初から別の治療法を提供することも可能になる。しかしながら、そのような抗がん剤の効果予測のためのバイオマーカーは未だ存在しない。

SLFN11(Schlafen 11, シュラーフェンイレブン)は、DNA障害型抗がん剤や最近日本でも承認されたPARP (Poly (ADP-ribose) polymerase)阻害剤の抗がん効果を飛躍的に高めるタンパク質として、近年注目を浴びている。端的に言えば、SLFN11の発現量が高いがん細胞はこれらの薬剤に良く効くので、効果予測バイオマーカーと成りうるのである。また、患者由来のがん細胞株の半数はSLFN11の発現が高く、一方で残りの半分はほとんど発現しないという二極化した分布を示すため、汎用性の高さも期待できる。SLFN11が抗がん剤の効果を高めるメカニズムについては、SLFN11が抗がん剤の投与下においてクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)に結合し、DNA複製を永続的に停止させることで細胞死を誘導することを慶應義塾大学先端生命科学研究所の村井特任准教授がこれまでに報告していた。しかしながら、SLFN11がクロマチン上で、どのような機能を持つかについては不明な点が多かった。そこで、村井氏らは、ATAC-Seqという手法を用いてSLFN11が抗がん剤の投与下において実際にどのようなクロマチンへの構造変化を起こしているのかを解析した。ATAC-Seqは、トランスポゾンを用いてオープンなクロマチン領域に対してタグ付けし、これを超並列DNAシークエンサーで解析することで、オープンクロマチン領域、すなわち緩んだクロマチン領域を網羅的に同定できる技術である。その結果、SLFN11は遺伝子プロモーター領域のクロマチン構造を変化させる(緩ませる)ことを発見し、加えてRNA-Seqによって、最初期遺伝子(immediate early genes)と呼ばれる、ストレス応答や免疫反応後に即時発現誘導される遺伝子群の発現が数倍から数十倍に高まることが明らかとなった。これまで、最初期遺伝子は外部刺激を加えてから1時間以内に発現上昇のピークを迎えることが知られていたが、今回発見したSLFN11が介在する経路ではクロマチンの緩みと並行して数時間かけて起こるため、従来の刺激応答とは異なると考えられた。SLFN11に点変異を入れるとクロマチンの緩みや最初期遺伝子群の活性化が起こらなくなり、抗がん剤の効果を増強する作用も打ち消されるため、これらの現象はすべてSLFN11単独の作用によって引き起こされていると言えた。

本研究により、抗がん剤の効果を飛躍的に高めるSLFN11が、抗がん剤の投与下で起こす生命現象の一端が明らかにとなった。村井氏は「SLFN11の機能は、これまで知られていたどの遺伝子の機能とも似ておらず、とても興味深い。SLFN11が白金製剤やPARP阻害剤などの抗がん効果を高めるメカニズムを更に詳細に解析し、これからのがん治療に応用したい」と語った。また、「SLFN11が抗がん剤の感受性を高めることは、細胞レベル、マウスモデルで明らかとなっているが、臨床検体を用いて検討した報告は限られており、今後は、臨床検体を用いたエビデンスを蓄積することが必要で、SLFN11の解析が有用ながん種を特定し、バイオマーカーとして使うための閾値の設定などを、国内の共同研究者と共に確立していきたい」と村井氏は展望している。

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図:ヒト細胞の蛍光免疫染色による像。DNA障害型抗がん剤(カンプトテシン)の投与によって、SLFN11(緑)がクロマチン(青)上に集積すると、抗がん剤の効果が飛躍的に高まる。この時SLFN11は、DNA複製を停止させ、クロマチンを緩め、最初期遺伝子群の発現を高めている。



[編集: 安在麻貴子]

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