慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト クモの捕食戦略の進化を解明

クモの捕食戦略の進化を解明

ウズグモの糸遺伝子カタログからみる篩板糸遺伝子の系統進化

Kono N, Nakamura H, Mori M, Tomita M, Arakawa K, Spidroin profiling of cribellate spiders provides insight into the evolution of spider prey capture strategies. Scientific Reports, 15721(2020).doi: https://doi.org/10.1038/s41598-020-72888-6.

 秋が近づくと、道沿いや公園の草木の中に、とても大きな円形のクモの網を目にする機会が増える。円網とよばれるこの網の中心には、灰黒色のオニグモや黄色と緑青色の縞模様を腹部にもつシジョロウグモなどが悠然と佇み、自然空間において突如として現れる巨大な円網の造形美には目を引くものがある。クモと言えば円網、というイメージが強いかもしれないが、実は円網を造るクモは2,500種類程度で、世界で4万種以上といわれているクモ全体のわずか数%である。興味深いことに、これらの円網種はジョロウグモやオニグモが属するコガネグモ上科や、ウズグモが属するウズグモ科など、いくつかの系統に分散している。円網の形は共通しているため、共通祖先からの派生と考えられるが、さまざまな系統で円網性が欠失や獲得を繰り返しているようにも見られ、各系統で何度か独立に進化したのではないかとも言われている。円い「クモの巣」はクモの代表的なイメージとして親しまれていながらも、その進化の成り立ちや作り方には未解明の部分も多い。

 そこで慶應義塾大学先端生命科学研究所の河野暢明特任講師らは、篩板糸遺伝子を中心とした糸遺伝子の網羅的な解析を行い、クモ全体の円網構成要素の整理を目指した。円網も大きく分けて、粘球を散りばめて獲物を捕獲するタイプと、微細な繊維を纏った篩板糸と呼ばれる糸によって獲物に粘着させるタイプにわけられ、とりわけその分類や構造に未知の部分が多い後者から挑むことにしたのである。まず、サンプリングしてきた篩板類であるウズグモを形態的特徴とCOI遺伝子を用いて同定し、目的の種であることを確認した。そして、実験室内で飼育し網を張らせ、篩板糸を含む網の部位ごとのサンプルを採取した。このように野外から採取した個体を扱うためには多くの試行錯誤を要したが、共著者の中村浩之氏(Spiber株式会社) 協力のもと、ウズグモ専用の飼育ケースを作成することで実現された。ウズグモ個体からはゲノム DNAおよびmRNAを抽出してシークエンス解析をおこない、計算機によってゲノム配列を構築し、糸遺伝子(スピドロイン)を含む数万個の遺伝子配列を整理した。さらに、実際に糸に含まれるタンパクを確認するため、採取した網の部位ごとのサンプルのプロテオーム解析を実施し、遺伝子カタログに対応させた。プロテオーム解析は用いた試料の中に含まれるタンパクを網羅的に探索することができるため、ゲノムから発見されたスピドロイン候補の存在を一気に確認することができた(図)。

 このようにして6種のウズグモそれぞれが持つ8種のスピドロイン遺伝子カタログを完成させることに成功したことで、篩板類と無篩板類における円網の進化が初めて比較可能になった。そこで、すべてのスピドロイン遺伝子を用いた系統解析を行ったところ、円網を作る糸遺伝子のほとんどは篩板類かどうかに関わらず非常に良く似ていた。円網が独立して獲得された性質であれば、これほど配列が保存されていないはずである。このことから円網が単一祖先から派生した形質であることが示された。

 人類がこれまでに蓄積してきた分子生物学的知見はまだまだ少なく、生物の種類 - とりわけモデル生物であるかどうかによってデータの蓄積には大きな偏りがある。ところが現在、ある程度の設備とノウハウさえあれば、研究室単位でクモのドラフトゲノムを完成させられるような時代となっている。河野特任講師は「篩板類クモはウズグモ以外にもたくさんいます。ウズグモで見られた結果が他の篩板類クモでも共通しているのかを明らかにしていきたいです。」と語った。

Figure2.jpg

図 :ウズグモの糸遺伝子の発現とプロテオーム解析

(a) 6種のウズグモの全身におけるスピドロイン遺伝子の遺伝子発現レベル (Oco. O. grandiconcava; Ova. O. varians; Ook. okinawensis; Opj. O. grandiprojecta; Oye. O. yesoensis; Osy. O. sybotides)。(b) 篩板糸(SEM画像c)および渦(隠れ帯)(SEM画像d)。(e) 篩板糸スピドロイン配列。プロテオームで検出されたペプチドが着色されている。(f) 網の部位ごとのタンパク量。

[編集: 安在麻貴子]

TOPへ