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オオミノガのゲノム解明

ミノムシが魅せる糸の強さに関する遺伝子配列の特性を発見

Kono N, Nakamura H, Ohtoshi R, Tomita M, Numata K, Arakawa K, The bagworm genome reveals a unique fibroin gene that provides high tensile strength. Commun Biol. 2, 148 (2019).
doi: https://doi.org/10.1038/s42003-019-0412-8.

 糸は非常に多くの節足動物で使われている生体材料であり、様々なシーンで使われている。その広い使途は糸が多様な物性を実現していることに由来し、また全てタンパク素材であることからも人間社会の未来を担うバイオマテリアルとして広く注目を集めている。特に日本ではカイコ(カイコガ)の繭に使われているシルクに馴染みが深く、養蚕業として産業の発展に大きく貢献してきた。独特なミノに身を包み木の枝に糸を使ってぶら下がるミノムシ(ミノガ)もカイコ同様に鱗翅目に属する仲間で、糸で繭を形成することが知られている。特にミノムシは自重を糸だけで支えていることから、その物性にはクモ糸のような強さが期待されてきた。

 そこで、慶應義塾大学先端生命科学研究所の河野暢明特任講師らは、ミノガの中でも個体サイズが大きいオオミノガとその糸を採取し、まず糸の物性を測定した。すると、カイコガや野生のカイコの仲間であるヤママユガの糸よりも強靭であることが確認された。一方で、クモ糸に匹敵する強さも噂されていたが、実際にはクモ糸に遠く及ばず、どんなに多く見積もっても半分程度の強さしかなかった。次に、その強靭さがどのような構造に由来するかを明らかにするため、長鎖 DNA 解析用のナノポア シークエンサー(Oxford Nanopore Technologies 社, 英国)を用い、ヒトゲノムの 1/5 以上にも及ぶオオミノガの全ゲノム解析を行った。そうして得られたゲノム情報からバイオインフォマティクス解析をおこない、約 20kb と非常に大きなオオミノガの糸遺伝子の全貌を掴むことに成功した。その結果、オオミノガの糸遺伝子にはこれまで他の鱗翅目では見られてこなかった特別な配列パターンが含まれていることが発見された。特に興味深い点は、この配列が完全にユニークなものというわけではなく、カイコガやヤママユガの糸遺伝子が特異的に持っている特徴を掛け合わせたハイブリッド様構造であった点である。糸の強靭さがモチーフの有無に応じて強くなっていることから、この配列構造がオオミノガ糸の強靭さの源泉であるという可能性を示すことに成功した。

 これまでミノガの糸に関する研究はほとんどされてこなかったが、シーケンス技術やバイオインフォマティクスの発展により、分子レベルのアプローチのハードルが下がり、本研究によって世界で初めてクモ以外の糸で強靭さをゲノムレベルの比較解析で明らかにすることに成功した。河野特任講師は、「これまで類推で議論されてきたオオミノガの糸に関して、その物性や分子構造を定量的に議論できてよかったです。配列と物性の関係性理解は今後の高機能タンパク質の研究開発に大きく貢献することになるのではないでしょうか。」と期待を寄せている。

Fig1.jpg

図: 鱗翅目の系統樹と糸遺伝子の構造

カイコガ(Bombyx mori )はGly、ヤママユガ(Antheraea yamamai )はAlaのアミノ酸がそれぞれ多いが、オオミノガ(Eumeta variegata )はその両方が多い。

[編集: 安在麻貴子]

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