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キャピラリーイオンクロマトグラフィー-質量分析法を用いた陰イオン性代謝物の一斉分析法の開発

メタボローム解析に新たな分析法

Hirayama A, Tabata S, Kudo R, Hasebe M, Suzuki K, Tomita M, Soga T, The use of a double coaxial electrospray ionization sprayer improves the peak resolutions of anionic metabolites in capillary ion chromatography-mass spectrometry, Journal of Chromatography A, 2020, 1619:460914.
doi: 10.1016/j.chroma.2020.460914

 現在、質量分析計を用いたメタボローム解析は、ガスクロマトグラフィ-質量分析法(GC-MS)、液体クロマトグラフィー-質量分析法(LC-MS)、キャピラリー電気泳動-質量分析法(CE-MS)がメインであるが、代謝物の多様な物理的、化学的特性を考えると、異なる分離メカニズムに基づく新規分析法の開発に継続的に取り組む必要がある。イオンクロマトグラフィー(ion chromatography, IC)は、古くから海水や環境排水中に含まれる無機・有機イオンの定量に用いられており、イオン性成分の分析に適した分析法である。そこで近年、ICと質量分析計を接続したIC-MSがメタボローム解析にも用いられるようになってきた。ICから出てくる溶離液は水であるため、質量分析計に入る前に有機溶媒を添加してイオン化を促進させる必要がある。通常の太さのカラム(直径24.6 mm)を用いICであれば大きな問題にはならないが、内径1 mm以下のカラムを用いるキャピラリーICにおいては、溶媒添加時の背圧が代謝物の分離能に大きな影響を与えることが課題であった。

 そこで慶應義塾大学の平山明由特任講師らは、キャピラリーイオンクロマトグラフィー-質量分析法(capillaryIC-MS(cap IC-MS))における有機溶媒の添加方法として、従来のミキシングユニオンを用いたものに代わりCE-MSでも用いられている二重同軸型スプレイヤーを用いた接続方法を考案した(図1)。この方法を用いることによって、有機溶媒添加に起因するシステムの背圧上昇を抑えることが可能となり、結果としてピークがよりシャープになり分解能が劇的に向上した。また、有機溶媒の組成や流速等の条件を最適化した後に有機酸や糖リン酸などを含む44種類の陰イオン性代謝物標準品を測定した結果、検出限界は1500 nmol/Lあり、他のメタボローム解析法と比べても高感度な分析法であることが分かった。TNF(腫瘍壊死因子)-αを作用させた大腸がん培養細胞の代謝変動追跡にこの手法を適用したところ、細胞内から105種類のイオン性代謝物を検出し、その内37種類の代謝物には試料間で差がありTNF-αの刺激前と比較して26 種類の代謝物が増加、11 種類の代謝物が減少した(図2)。その中でも特に、クエン酸回路の代謝中間体は特徴的な傾向を示し、回路前半のイソクエン酸(Isocitrate)やシスアコニット酸(cis-Aconitate)TNF-α刺激により減少したのに対し、回路後半のフマル(Fumarate)やリンゴ酸(Malate)は増加していた。この原因の一つとして、TNF-α刺激によって発生する活性酸素種の影響が示唆された。

 今回開発したcap IC-MSは、サンプル中で相対的に量が少ない陰イオン性代謝物の一斉分析に適した方法であり、これまで以上に詳細な代謝解析が可能になると期待されている。平山氏は「今後はcap IC-MSを用いた陽イオン性代謝物の分析法も開発し、一つの装置でイオン性代謝物の網羅的測定ができるようにしたい。」と展望している。

Figure1.png

図1: 有機溶媒の供給方法の違いによるピーク形状の変化

(A) 従来法 (B) 今回採用した方法

Figure2.png

図2: TNF-α刺激により変動した37種類の陰イオン性代謝物

[編集: 安在麻貴子]

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