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クマムシの発生メカニズム理解に向けて

クマムシの孵化や脱皮に関わる遺伝子が機能することを発見
Yoshida Y, Sugiura K, Tomita M, Matsumoto M, Arakawa K, Comparison of the transcriptomes of two tardigrades with different hatching coordination, BMC Developmental Biology, 19(1):24, (2019).

DOI: 10.1186/s12861-019-0205-9

 クマムシは脱皮動物に属し、陸上のコケから海底まで様々な水和環境で生息する。もちろん産卵・孵化・成長を含む一生をその環境で過ごすが、クマムシの種によっては乾燥しやすい場所で生き続けるものもいる。このクマムシは水を失うと乾眠と呼ばれる仮死状態に入ることができ、吸水に伴って生命活動を再開することができる数少ない生き物として名高く、生息環境に適応した成長過程を経ているのではないかと仮説が立てられていた。

 そこで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程(当時)の吉田祐貴氏と荒川和晴准教授らは慶應義塾大学大学院理工学研究科の松本緑准教授らとともに、乾燥しやすい陸上のコケに生息するヨコヅナクマムシ(Ramazzottius varieornatus)と湖底から単離されたエグゼンプラリスヤマクマムシ(Hypsibius exemplaris)の二種に着目した。これらの二種は異なる生息環境に由来する乾眠能力の違いを持つことを吉田氏らが既に報告しており(Yoshida, et al., 2017)、この生息環境の違いが生物普遍的な生命現象である卵の発生にも影響しうると考えられた。まず吉田氏らはこの二種の卵が孵化するまでの期間に違いがあるということを明らかにした。次にこの二種のクマムシの卵が孵化する際の全遺伝子の発現量をもとにバイオインフォマティクス解析を行った結果、昆虫でよく研究されている脱皮に関わる遺伝子群が孵化に寄与している可能性を見出した。さらに、吉田氏らはこれら脱皮経路で働く遺伝子の阻害剤や促進薬を用いることでエグゼンプラリスヤマクマムシの孵化までの期間を変化させることができることを見つけた。

 これまでクマムシの発生学は動物的な解析を中心に進められてきた中、本研究では近年目まぐるしい発展を見せるシーケンス技術やその解析手法をクマムシに適用することで、初めてクマムシの発生に大きく関わる因子の網羅的な解析に成功し、さらに実際にクマムシの孵化のタイミングを制御できる可能性を示した。世界で初めてクマムシの発生の網羅的・定量的解析となるこの研究によって得られたデータは、今後クマムシの発生を理解するのに大きく貢献すると考えられる。

吉田氏は「クマムシの発生という極めてニッチな生命現象にも他の生物でよく研究されている遺伝子が用いられていることに驚きました。今後この研究をもとにクマムシの発生について明らかになってくれれば喜ばしいです。」と展望した。

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脱皮殻に産卵するHypsibius exemplarisの母親。産み落とされた卵ではすでに染色体が分離を始め、体細胞分裂が進行している。赤: 各染色、青: 自家蛍光。撮影 杉浦健太

[編集: 安在麻貴子]

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