慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

研究紹介

HOME 研究紹介 研究ハイライト 論文ハイライト ハダニ(ハダニ目:ハダニ科)の糸遺伝子の特徴を明らかに

ハダニ(ハダニ目:ハダニ科)の糸遺伝子の特徴を明らかに

高感度なプロテオミクス解析による糸遺伝子の解明

Arakawa K, Mori M, Kono N, Suzuki T, Gotoh T, Shimano S, Proteomic evidence for the silk fibroin genes of spider mites (order Trombidiformes: Family Tetranychidae), Journal of Proteomics, 104195, (2021).

DOI:10.1016/j.jprot.2021.104195

 映画「スパイダーマン」で描かれているように、クモの糸の強靭さは広く知られている。鋼を上回る強度と伸縮性を併せ持つことから、将来映画にあるような強度の糸を実現することも夢物語ではないかもしれない。一方、クモ以外にも「糸」を活用する生物は少なくない。その一つがハダニだ。ハダニは果樹の葉に棲息する体長1mm以下程度の小さなダニで、人体には影響しないが、多くは一般的に農業害虫とされる。そんなハダニだが、葉の上の住まいや卵を守るために糸を出すため、英語の一般名ではSpider mite(miteがダニに相当する)と呼ばれる。ハダニの糸は繊細なクモ糸のさらに10倍ほど細いながらも、硬度を表すヤング率においてクモ糸を凌駕する。よって、より繊細なバイオマテリアルとして有望な素材でありながらも、ハダニ自体の小ささからその解析が量的に困難であり、これまであまり研究されてこなかった。唯一ナミハダニゲノムの解析から糸をつくる遺伝子をコンピュータ解析で予測した先行研究があるのみであったが、糸それ自体のタンパクからの直接検証が待ち望まれていた。

 そこで慶應義塾大学先端生命科学研究所の荒川和晴准教授らは、法政大学島野智之教授らと共に、カンザワハダニ、ミカンハダニ、そしてナミハダニといった3種のハダニから微量な糸を採取し、新たにシークエンシング・アセンブリーを行ったトランスクリプトームデータをリファレンスとして、高感度なプロテオミクス解析によるハダニの糸遺伝子を探索した。この解析で得られたハダニ糸の量は通常のプロテオーム解析に求められるサンプル量をはるかに下回っており、さらにハダニ由来のさまざまな成分が混ざり込んでいることから解析は困難を極めた。そんな中、バイオインフォマティクスによる丁寧な混入物(コンタミネーション)除去や配列解析を進めていった結果、ハダニ3種間で良く保存された高発現な因子にたどり着き、最終的に2個の糸遺伝子同定に成功した。興味深いことに、ナミハダミゲノムのリピート構造などを基にした先行研究で予測された十数個の糸遺伝子候補のうち、ほとんどが近縁なカンザワハダニ・ミカンハダニにそもそも保存すらされておらず、糸自体にすら含まれていないことがプロテオーム解析でわかった。このことはゲノム・トランスクリプトーム・プロテオームを組み合わせたマルチオミクスのアプローチの重要性を示している。一方、今回同定された2個の糸遺伝子には特徴的なリピート構造があり、これらのアミノ酸組成や二次構造の特徴は、比較的クモが餌食を包むのに用いるAciniform(ブドウ状腺)糸や網のアタッチメントに使うPiriform(ナシ腺)糸に近いことが示された。これらのクモ糸も繊細で高いヤング率を持つことが知られており、配列と構造の関係性を調べる上でも示唆に富むデータであると言える。

 いわゆる「クモ」は分類上クモ綱クモ目に属する生き物全般を指し、ハダニはクモ綱ダニ目に属する類縁関係がある。しかし、糸遺伝子のリピート配列にはアミノ酸組成や二次構造上の類似性が見られるものの、末端配列に相同性はなく、クモ綱の中でも糸は少なくとも進化上2度の独立したイベントによって獲得された形質であると考えられる。昆虫や甲殻類をはじめ糸は何度も進化し獲得されてきた。ここからも、私たちにとっても常に身近な存在である糸は、多くの生物が暮らしを営み生命を紡ぎ続ける上でも重要な役割を担ってきていることが見えてくる。「世界は多様で興味深い生き物であふれていて、まだまだ我々人類が他の生物から学ぶことは多いです。人類がまだ手にしていない夢のタンパク素材は他にも数多く眠っていると思いますので、ちょっとしたトレジャーハンターの気分で新しい素材をこれからも探していきます。」と荒川准教授は語った。


kanzawahadani.jpg

図:カンザワハダニの繊細な糸の電子顕微鏡像


[編集: 安在麻貴子]

TOPへ