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シスプラチン抵抗性を獲得するメカニズムを解明

シスプラチン抵抗性はグルタミン代謝によって調節されることを発見

Guo J, Satoh K, Tabata S, Mori M, Tomita M, Soga T, Reprogramming of glutamine metabolism via glutamine synthetase silencing induces cisplatin resistance in A2780 ovarian cancer cells, BMC Cancer, 21, 174, (2021).

DOI: 10.1186/s12885-021-07879-5

 白金製剤であるシスプラチンは抗癌剤の一種で、頭頸部がん、卵巣がん、肺がんなどの固形腫瘍の治療に最も広く使われ、がん治療薬としての歴史は40年を超えている。しかし、シスプラチンを使用した患者のうち約70%~90%は薬剤耐性が生じ、再発がんの治療は極めて困難である。薬剤抵抗性の確立には多種類の異なるメカニズムが同時に働くことが知られている。例えば細胞膜上のトランスポーターを通した細胞外への薬剤排出、細胞内スカベンジャーによる薬剤の不活性化、あるいはアポトーシスパスウェイの阻止やDNA修復の補助等に関与するファクターが知られている。そのため抵抗性の回避には複数の異なるメカニズムをターゲットにする必要性があると考えられている。ミトコンドリアは細胞のストレスシグナルを迅速に感知し、環境の変動に応じて代謝経路を調節する能力を持つ。また、細胞シグナリングに関与する以外に、クエン酸回路、酸化的リン酸化などを介したエネルギー代謝機能、アミノ酸、脂質、ヌクレオチド生合成の機能も発揮している。感受性から抵抗性への変化はミトコンドリアの応答が不可欠だと考えられているが、正確なメカニズムはまだ解明されていない。

 そこで慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程の郭セイ氏らは卵巣がん細胞株A2780(親細胞)とシスプラチン耐性株A2780cis(耐性細胞)を用いて、キャピラリー電気泳動−飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)による代謝プロファイル網羅解析や、リアルタイムPCRとウェスタンプロットによる個別詳細解析により、シスプラチン耐性のメカニズム解明を試みた。その結果、グルタミン、グルタミン酸、グルタチオンのようなグルタミン代謝経路上にある代謝産物の量が耐性細胞で有意に高いことを発見した。さらに同位体標識グルタミンを用いたフラックス解析により、耐性細胞は特にグルタミンをグルタチオン合成に使う傾向を持つことが分かった。グルタチオンは抗酸化作用や、重金属化合物の失活などに極めて重要な分子であり、耐性細胞はグルタチオンを多く合成し細胞内に入ったシスプラチンを失活させ、耐性を得ていると思われる。実際にグルタミン酸からグルタミンを合成する酵素グルタミンシンテターゼ(GS)の遺伝子発現量が親細胞と耐性細胞で有意に異なっていることも確認された(図)。さらにこのGS遺伝子の発現をsiRNAを用いてコンロールし、同時に薬剤感受性試験を行うことによって、GSはシスプラチン感受性の関連ファクターと証明できた。

 以上の成果により郭氏は「グルタミン代謝阻害剤はシスプラチン耐性がん細胞の治療薬になり得ると期待される。」と展望している。


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図: 卵巣癌細胞におけるグルタミン代謝のリプログラミングを介したシスプラチン耐性発現のモデル

シスプラチンに感受性のある癌細胞では、GLSとGSの両方が発現しており、グルタミン酸から低レベルのGHSが生成される。シスプラチン耐性細胞では、DNAメチル化によりGSの発現が抑制される一方、GLSの発現は維持され、高濃度のGHSが産生される。

注釈)  GLS(グルタミナーゼ:グルタミンからグルタミン酸を生成する酵素)

[編集: 安在麻貴子]

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