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21.06.29
黄金色のクモ糸色素成分明らかに
(21.06.29)
高分解能質量分析法でジョロウグモ(Trichonephila clavata)の黄金色糸色素はキサントレン酸であることを発見
Fujiwara M, Kono N, Hirayama A, Malay A.D, Nakamura H, Ohtoshi R, Numata K, Tomita M, Arakawa K, Xanthurenic Acid Is the Main Pigment of Trichonephila clavata Gold Dragline Silk, Biomolecules, 11(4), 563, (2021).
家の周りなどに円形の「クモの巣(実際には営巣するのではなく獲物を捕まえるための罠の役割をするものなので、専門家は「巣」ではなく「網」と呼ぶ)」 を目にすることがあれば、それはおそらくコガネグモ科のクモのものだろう。オニグモ、コガネグモ、ジョロウグモなどの比較的大きな網を張るクモを多数内包するこの科は、まさしく『黄金色』の糸を紡ぐことからこう名付けられている。黄色と黒のストライプ状のクモを見つけたら、その網を横から眺めてみて欲しい。クモ糸の一本一本は細くてその色がわかりにくいが、網を横から見ると多数の糸が重なり合って、ほのかに金色が浮かび上がってくる。秋口から初冬にかけて見かけるジョロウグモ(Trichonephila clavata)はこれらの中でも特に強い金色の糸を紡ぎ、英語ではGolden Orb Weaver (金色の円網を紡ぐもの)と呼ばれる。実際に実験室内でこの糸を巻き取ると、半ば金属かと見紛うばかりの光沢感と色味に思わず溜息がでるほどである。ではこの美しい金色を実現している成分は何だろう?
慶應義塾大学先端生命科学研究所の藤原正幸特任助教(当時)らは、まずこの色素成分を糸から抽出する条件を検討し、1% sodium dodecyl sulfate (SDS)溶液を用いることで、糸タンパクを残しながら脱色させられることを見出した。その後、LC-ESI-MS, LC-APCI-MS, LC-UVなど複数の分析装置を併用した網羅的メタボローム解析によって、金色の色素がほぼキサンツレン酸という分子のみで説明できることが明らかとなった。ジョロウクモの糸色素成分については長年、キサンツレン酸、ベンゾキノン、あるいはナフトキノンなどのキノン系化合物の複合作用によるものとされてきた。実はこれはまだ分析手法が確立されていない1988年に学会発表でのみ報告されたデータを根拠にしており、その後30年以上に渡って検証されずに引用され続けてきた説であった。今回行われた複数の最先端計測技術にによって、色素の正体がキノン系化合物ではなくほぼキサンツレン酸のみであることが明らかとなり、糸の重量あたり0.2~0.4%も含まれることが定量された。
金色の網を持つ利点は生態学的にいくつか要因が議論されており、例えば紅葉の時期に遠くから見た際にカモフラージュ効果が高くなることや、近傍では黄色系の色が獲物となる昆虫を誘引しやすくなることなどが挙げられている。これに加えて藤原氏らは、キサンツレン酸という分子の化学特性による影響に着目した。一つは色素があることによる光耐性である。クモの網は紫外線を含む日中強い陽射しにさらされるが、キサンツレン酸が光による劣化を抑えられるかを検証したところ、白色光と紫外光の両方において、特に有意な保護作用は見られなかった。次に、キサンツレン酸の抗酸化作用から抗菌効果を検証したところ、グラム陽性・陰性の両方において、弱いながらも微生物の増殖抑制効果が見られた。
研究グループは「これが実際に自然界でどの程度の役割を持つかについては今後の検証が必要であるが、人工クモ糸に抗菌作用を持たせる上などにおいても応用性のある知見だろう。」と語った。
図: (A) ジョロウグモから巻き取ったクモ糸。個体によって色素を持つ金色のものと色素を持たない銀色のものがあるが、いずれも光沢感がある。(B) ほどいた状態の糸。この状態では金色というより黄色味が強い。(C) 脱色した糸。溶液に色素が溶け、糸は色が抜けて白く残っている。(D) キサンツレン酸の微生物増殖抑制効果。
[編集: 安在麻貴子]