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社会寄生種トゲアリの寄生行動を記載

トゲアリが宿主ムネアカオオアリと野外で混棲している状況を初めて記録

Iwai H, Kurihara Y, Kono N, Tomita M, Arakawa K, The evidence of temporary social parasitism by Polyrhachis lamellidens (Hymenoptera, Formicidae) in a Camponotus obscuripes colony (Hymenoptera, Formicidae), Insectes Sociaux, 68, 375-382(2021).

DOI:https://doi.org/10.1007/s00040-021-00830-8

 アリは、公園や道端だけではなく家の中など身近な場所で見られる馴染み深い生物である。多様な種類がいるアリの中で、巣を乗っとる寄生アリをご存知だろうか。"トゲアリ"(学名:Polyrhachis lamellidens)といって、胴体の胸の部分が赤褐色で背中にトゲトゲが突起し、お尻に近いトゲが一番長いのが特徴だ。大きさも10 mm前後と存在感があり、その見た目はひときわ目を引く。さらに、生態も非常に興味深い。トゲアリは他の種類のアリの巣に潜入し、乗っ取った巣にいたアリたちにお世話をしてもらいながら、最終的に自身のコロニーを創設するというユニークな習性を持っている。先行研究からムネアカオオアリ(Camponotus obscuripes)が宿主候補として考えられていたが、トゲアリがムネアカオオアリの巣を乗っ取ることを示す明確な証拠はこれまで得られていなかった。

 そこで慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程の岩井碩慶氏と修士課程の栗原悠氏らは、この仮説を検証するためにフィールド調査を実施した。トゲアリが宿主アリ種と共存する期間は一時的なものであり、野外で両種が混棲状態にあるコロニーを見つけるのは非常に難しい。またムネアカオオアリは全国の山地や森林内に生息しており、林の朽木や木の根元などに巣を作る。その中で岩井氏らは山形県内の豊かな自然に採取場所を定め、2020年の5月頃、山形県の小国町(山形県の西南端にあり新潟県との県境に位置)のブナ林で採取を行った。その結果、トゲアリとムネアカオオアリの混棲コロニーを発見するに至った。さらに行動試験と飼育実験も実施することで、混棲状況下であっても両種は巣仲間識別能力を維持することが分かり、またトゲアリ新女王が行うムネアカオオアリへの初期寄生プロセスの記録・観察に成功した。これはムネアカオオアリがトゲアリの宿主であることが野外観察をもとに初めて明らかになった記録である。混棲コロニーといってもアリ種の組成は半々ではなく、トゲアリが1割程度の場合もある。困難を極める採取環境の中で、トゲアリが優勢のコロニーと、その逆でムネアカが優勢のコロニーをそれぞれ採取することができた。今回の記録は数年にわたって地道に小国町近辺を調査し続けた成果であると言える。

 アリ類における社会寄生種には,その生活史や寄生プロセスに種を跨いだ類似性(巣仲間識別フェロモンの偽装や宿主アリ種の女王殺害など)があるものの、その詳細については未だ明らかになっていない。岩井氏は「現在,化学生態学や分子生物学のアプローチからトゲアリ新女王が行う巣仲間識別フェロモンの偽装メカニズムや,宿主女王殺害の意義の解明を目指しており、これらの研究を通して社会寄生種の進化背景の一端を理解したい」と語った。


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図: トゲアリ(働きアリ)とムネアカオオアリ(宿主働きアリ)

a: 野外にて発見されたトゲアリとムネアカオオアリの混棲巣

b: 栄養交換を行うトゲアリとムネアカオオアリ


[編集: 安在麻貴子]

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