慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト 未培養バクテリア群 "CPR" の小型なリボソーム構造

未培養バクテリア群 "CPR" の小型なリボソーム構造

CPR菌のゲノム情報を網羅的に解析

Tsurumaki M, Saito M, Tomita M, Kanai A, Features of smaller ribosomes in Candidate Phyla Radiation (CPR) bacteria revealed with a molecular evolutionary analysis, RNA, (2022).

DOI: 10.1261/rna.079103.122

 水や土壌、空気や動植物には多種多様な微生物が存在しており、まだその全貌は明らかとなっていない。このような環境から直接抽出したDNAを分析する手法の発展により、これまで培養困難であるために観察できなかった微生物が多く発見されてきている。Candidate Phyla Radiation (以降、CPR) は2015年に命名された巨大な微生物の系統群で、様々な環境から発見された未培養のバクテリアで構成されている。バクテリア全体の中で一定の割合を占めることから、近年では微生物の多様性を議論する上で重要な存在となっている。しかしCPRに属するバクテリアが小型な細胞とゲノムを持つことは報告されているが、その詳しい生態や進化的背景はほとんど解明されていない。

 そこで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程の鶴巻萌氏らは、CPRバクテリアが持つリボソームの特徴に着目した。リボソームは細胞中でタンパク質の合成を担う構造体であり、標準的なバクテリアでは54種類前後のタンパク質と3種類のrRNAの複合体として存在するが、CPRバクテリアはこれらのリボソームタンパク質のうち、1あるいは2つのタンパク質遺伝子を持たないことが知られている(Brown et al、2015年)。このことから鶴巻氏らは、CPRバクテリアが通常と異なる構造のリボソームを持つと考えた。CPRバクテリアのリボソームを構成する分子サイズや構造知見は不足しているため、情報学的アプローチでこの課題に挑んだ。公共データベースから取得した約900個のCPRバクテリアのゲノム配列を用い、リボソームタンパク質とrRNAの遺伝子を包括的に解析しプロファイリングを行った。その結果、新たに複数のリボソームタンパク質遺伝子がCPRの特定の系統で欠落していることが明らかになった。またCPRバクテリアに存在するリボソームタンパク質遺伝子の大きさや配列を調べると、約半数のタンパク質で欠けている領域や特異的に付加された領域が見出された。3種類のrRNA遺伝子においても複数の領域が欠落していた。CPRバクテリアで欠落しているタンパク質やrRNAの領域は、リボソームの立体構造上で表面付近に偏在していた。特に注目した点は、通常のリボソームの表面にはL1-stalkと呼ばれる突起構造が存在しタンパク質合成において重要な機能を持つが、多くのCPRバクテリアではL1-stalkを構成する分子の全体もしくは一部が欠落していた。このような表面が単純化した小さなリボソーム構造は、リボソームの進化における方向性の一つを新たに提示している。

 本研究はCPRバクテリアのリボソームの特性について詳細に調査した初めての研究である。鶴巻氏は「本論文の査読コメントでは、"リボソーム構造の多様性の理解を広げ、リボソームの進化に光を当てる包括的なデータで幅広い分野において有用"といった評価を頂きました。CPRバクテリアの研究を行っているグループはそれほど多くなく、まだまだ謎の多い微生物と言えます。生命活動の根幹を担っているリボソームを中心に、CPRバクテリアがどのような存在で、どのような進化を経て成り立ってきたのかを少しずつ理解して行ければと考えています。」と語った。

スクリーンショット 2022-08-16 16.20.23.png

図:CPRバクテリアのリボソームで欠落している領域

(左)CPRバクテリアで欠落しているリボソームタンパク質(緑色)とrRNA領域(赤色)の位置を、標準的なバクテリアのリボソームの立体構造モデル上に示したもの。(右)左の図で着色された部分を白抜きしたもの。黒い枠線で囲まれた部位はL1-stalkと呼ばれる突起構造。

[編集: 安在麻貴子]

TOPへ