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脊椎動物の原腸胚において背腹帯域特異的に発現する小分子の比較メタボロミクス

胚発生時に形態形成に大きな影響を与える小分子に着目

Suzuki Y, Hayasaka R, Hasebe M, Ikeda S, Soga T, Tomita M, Hirayama A, Kuroda H, Comparative Metabolomics of Small Molecules Specifically Expressed in the Dorsal or Ventral Marginal Zones in Vertebrate Gastrula, Metabolites, (2022)

DOI: 10.3390/metabo12060566

 約5億5000万年前のカンブリア紀に生物の爆発的な進化が起こり、現在地球上にいる動物の先祖が出揃ったと考えられている。生物は種ごとに異なるボディプランを有することにより、その形態や動態などに違いが生じている。種間の進化的距離が近いほどボディプランの中で共通する要素も多くなり、例えば脊椎動物は、初期の発生段階の多くを共有している。その全体像を理解するためには、胚の前後軸、左右軸、そして背腹軸といったそれぞれの視点から分子メカニズムを解明することが重要である。脊椎動物の初期発生過程を調節する因子として両生類の原腸胚背側領域におけるADMP、Chordin、Noggin、腹側領域におけるBMP4、Bambi、Sizzledなどが知られており、いずれも過剰発現や機能欠損が表現型に大きな変化を与えると示唆されている(De Robertis and Kuroda, 2004)。しかしながら、過去に報告されている分子のほとんどはペプチド系の物質であり、分子量が1,000を下回るような小分子の関わりについては未だ限定的にしか報告されていない。

 そこで慶應義塾大学環境情報学部4年の鈴木結香子氏らは、モデル生物であるアフリカツメガエル(以下ツメガエル)を用いて、原腸胚において背腹特異的に発現している小分子(分子量1,000以下)の同定を目指した。まずは細胞内で機能している小分子、および微量の分泌型小分子、の両方を検出することを目的に、背側帯域(VMZ:Ventral Marginal Zone)・腹側帯域(DMZ:Dorsal Marginal Zone)それぞれから単離した組織片サンプル(細胞を含む)と上清サンプル(細胞を含まない)を用いた (図a)。これらのサンプルに対して、イオンクロマトグラフィー-質量分析法(IC-MS)及び液体クロマトグラフィー-質量分析法(LC-MS)を用いて親水性代謝物質を、超臨界流体クロマトグラフィー-質量分析法(SFC-MS)を用いて脂質を測定した。この結果、190の親水性代謝物質と396の脂質が検出され、これらの中で背腹の代謝プロファイルの違いから、組織片サンプルにおいて背側では解糖系やグルタチオン代謝が、腹側ではプリン代謝が活発であることが明らかになった(図b)。さらに背腹特異的に含まれる親水性代謝物質(Hypoxanthine, Guanine, Glucuronic acid)と脂質(上清サンプルにおいて背側で10の脂質と腹側で17の脂質)の同定に成功した。

 本研究はツメガエルの原腸胚背腹帯域に含まれる小分子を網羅的に同定した初めての研究であり、胚発生の調節メカニズムの深い理解に貢献するものと期待されている。鈴木氏は「メタボローム解析の測定機器に負担をかけないようにツメガエル胚の培養液の濃度や成分を調製したり、微量な分泌型小分子をできる限り検出できるように培養時間を調整したりするのが大変でした。また、今回同定された背腹特異的に含まれている小分子は、初期発生において重要な機能を有している可能性が高いため、今後それらの機能解析に取り組んでいきたいです。」と語った。

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図:本研究で用いられた手法とその結果

(a) 本研究の実験概要

(b) 組織片サンプルにおいて背腹帯域特異的に含まれた親水性代謝物質。

背側(DMZ, 赤色)では解糖系やグルタチオン代謝が、腹側(VMZ, 水色)ではプリン代謝が活発だった。黒点は各サンプルを、棒グラフは平均±標準偏差を示す(n = 6, 各サンプルは20個の組織片からなる)。

* FDR < 0.05 (Welch's t-test, Benjamini-Hochberg法)。

[編集: 安在麻貴子]

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