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クモ糸を強化する新物質 「SpiCE」を発見

ジョロウグモなど4種のゲノム解析で切り拓いた新素材開発の可能性

Kono N, Nakamura H, Mori M, Yoshida Y, Ohtoshi R, Malay AD, Pedrazzoli Moran DA, Tomita M, Numata K, Arakawa K, Multicomponent nature underlies the extraordinary mechanical properties of spider dragline silk. Proc Natl Acad Sci U S A, 118(31), e2107065118, (2021)

 自然界で培われてきた様々なマテリアルを生物由来の新素材として人工利用するという近年の流れは、エネルギー問題解決の糸口にもなり、ある種の産業革命と言われている。特にタンパク質素材は生分解性や、アミノ酸配列をデザインすることで物性を改良できるという発展性もあることから、近年世界の注目を集めている。中でもクモはシーンに合わせてそれぞれ異なるタンパク質で構成される 7種類の糸を使い分けており、その多様性は工業・産業分野での利活用が大いに期待されている。しかしながら、糸タンパクをコードする遺伝子配列は非常に複雑な構造をしており、従来法で決定するのは極めて困難であったため、人工合成に必要となる糸遺伝子カタログはほとんど整備されてこなかった。そのためクモが使う色々な強さの糸に魅了されながらも、いまだに人類は人工利用できずにいる。
 そこで慶應義塾大学先端生命科学研究所の河野暢明特任講師 (当時) らは、コガネグモ科ジョロウグモ (Trichonephila clavata) およびその近縁種であるアメリカジョロウグモ(Trichonephila clavipes)、オオジョロウグモ (Nephila pilipes)、そしてマダガスカル生息のクモ (Trichonephila inaurata madagascariensis) を対象に、ゲノム・トランスクリプトーム・プロテオームを組み合わせたマルチオミクス解析を実施し、クモ糸の構成成分や物性を支える謎の解明に挑んだ。ゲノム解析には様々なシーケンサーをハイブリッドさせた独自のアプ ローチを適用することで、高品質なゲノム基盤が整備された。また発現している遺伝子やクモ糸に含まれるタンパク質を網羅的に測定することで、複雑なクモ糸遺伝子の全長配列を決定し、最高解像度のクモ糸レパートリー公開に成功した。その結果、クモが自重を支えるために用いる牽引糸にはMaSp1とMaSp2という糸タンパク質2種類のみが用いられていると考えられていたが、「MaSp3」という新たな糸タンパク質が大きな割合を占めて存在していることが明らかになった。さらに、糸タンパク質以外にも大量の機能未知タンパク質SpiCE (Spider silk Constituting Element) と名付けられたタンパク質が複数発見された (図A)。次に河野氏らはオミクス解析から得られたタンパク質を複合的に用いて人工クモ糸を合成した。そこで SpiCE (SpiCE-NMa1) に人工クモ糸材を混ぜて合成してみたところ、驚くべきことに従来のクモ糸タンパク質のみで作られた時に比べて強さ (Tensile strength) や伸び率 (Elongation) を2倍程度上昇 させることに成功した (図B)。
 多くの研究者たちや企業はこれまで、人工クモ糸材の物性を向上させるべく、MaSp1とMaSp2 の構成比の検討を通して紡糸方法の改善に取り組んできた。そんな中で本研究は、クモ糸の物性向上に寄与する新たなタンパク質を発見し、その効果を実験的に証明した。この発見は人工クモ糸の品質が今後向上し得る可能性を披露しただけでなく、タンパク質素材生産全般を加速化させる革新的な方策を世界に先駆けて示したことになる。論文発表に際し研究グループは「クモ糸には多様なタンパク質が含まれていることはわかっていたが、その機能は全く未知であった。今回ジョロウグモ近縁4種に対するオミクス解析により、そうしたタンパク質が共通して保存されていること、またそれを添加することで人工クモ 糸材の物性を劇的に向上させることがで きる事を発見した。この成果は間違いなく今後の新素材研究開発を飛躍的に発展させることになるだろう。」と述べた。
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図A:オミクス解析に用いた4種のジョロウグモ近縁種とそのクモ糸含有タンパク質
本研究で対象としたコガネグモ科ジョロウグモ (Trichonephila clavata) およびその近縁種であるアメリカジョロウグモ (Trichonephila clavipes)、オオジョロウグモ (Nephila pilipes)、そしてマダガスカル生息のクモ (Trichonephila inaurata madagascariensis) の写真。下の影堂写真はこれらクモから得られたクモ糸の中に含まれているタンパク質をSDS-PAGE によって観察した結果を示す。主要な糸タンパク質 (MaSp) が290kDa付近に見られる (右) ほか、20~100kDaに比較的小さい分子 であるSpiCE タンパク質群が存在する (左)。
図B:クモ糸タンパク質 (MaSp2) にSpiCE (SpiCE-NMa1) を混ぜて合成したフィルムの物性
天然クモ糸にSpiCE-NMa1が含まれる割合 (約 5%) を基準に添加したところ、フィルムの透明度には影響を与えないままに引 っ張り試験の強さを表すTensile strengthが2倍以上上昇した。


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