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北島正二朗特任講師

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北島正二朗特任講師

─現在の研究テーマについて教えて下さい。

 主に二つあります。

一つ目が、慶應義塾大学先端生命科学研究所(以降IAB)に来てから取り組んでいる、「代謝物質による細胞機能の制御とそのメカニズムの解明」です。ここ10年くらいで代謝物質が細胞の機能を積極的に制御する、ということが徐々に分かってきました。一方で、そのような論文はまだまだ散発的で、全容は解明されていません。そこでIABの曽我朋義教授と一緒に、どのような代謝物質が、どのように細胞を制御するのか、そしてそれが治療ターゲットとなりうるのか、ということを網羅的に調べています。IABの主力であるメタボローム解析を曽我教授が開発して20年近くになります。その間の膨大なデータの蓄積がありますので、まずそちらのデータ解析からがんの制御と関連のある代謝物質を探索します。がんをはじめとする種々の病態において特異的に量の増減が見られる代謝物質を絞り込み、実際に実験系で細胞に投与することで変化が見られる物質をスクリーニングし、さらに増殖などに変化があれば、どういう分子メカニズムが働いているかを調べていきます。この成果は、がん細胞が増殖するために好んで利用している物質や代謝経路を明らかにして、それらを薬剤で狙い撃ちするという化学療法につながります。

 二つ目は「がん幹細胞の分化誘導による新規治療法の開発」です。がん幹細胞に関する研究は、IABに来る前からのテーマとして10年ほど 携わっているのですが、がん組織の中にはがん幹細胞という未分化な悪性細胞があり、がんの発生や増殖に重要な役割を果たすだけではなく、転移や薬剤耐性、そして再発にも関わることが知られています。これらを何とかしてやっつけたいという想いがあります。がん幹細胞の一番代表的な悪い性質は薬剤耐性なのですが、分化させてしまえば抗がん剤が効きやすくなるので、一方で分化させつつ、他方で抗がん剤によって叩くという薬剤の組み合わせを最終的に見つけていきたいと思っています。正常な幹細胞であるES細胞を分化させる薬剤を試したところ、がん幹細胞をも分化させる作用があることが分かり、さらにそのようにして分化させた細胞に対し非常に効きやすい薬剤もあるという現象まで分かってきました。現在は、その薬剤がどうしてがん幹細胞を分化させるのか、そしてなぜ分化した細胞は第2の薬が効きやすいのか、という分子メカニズムを突き詰めているところです。

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ー研究のポリシーは何ですか。

 ベーシックサイエンス(基礎研究)という軸足が一つと、もう一つはどこまでいってもがん研究・医学研究であるということです。 私は1999年に実験を始めて以来ずっとがん研究をしております。周辺分野にも興味を持ちつつも、軸足は常にがんにおいており、この先もこの軸足から離れるつもりはありません。とは言っても、私は患者さんを診るわけではなく、先ほど新しい治療法のお話もしましたが、それがすぐに製薬会社で医薬品になるというわけでもありません。私はあくまでベーシックサイエンスをやっているわけです。 ベーシックサイエンスは基本的に面白ければなんでもありの世界ですし、医学というのは極端に言えば病気が治ればなんでもいいんです。人類の歴史の中には、なぜか分からないけど治るからこの薬を飲んでおく、というのがいくらでもあって、冗談でブラックマジック(黒魔術)"なんて言われてたりします。しかし、私はベーシックサイエンスと医学研究の、どちらか片方にいってしまってはいけないと常に考えています。あくまで、メカニズムを科学的エビデンスに基づいて解明していきながら、最後はちゃんとがんを治すことに必ず持っていく。このように研究自体を組み立てるということを常に考えています。


ーがんに着目したきっかけは何でしょうか。

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 大学に入る前から「がんと闘う」ということを意識していました。私の父は歯科口腔外科という領域で、顎顔面や口腔内のがんを外科的に手術する臨床医だったので、最初のきっかけはそこかなと思っています。あるいは、小学生の頃祖父を胃がんで亡くしたり、ずっと一緒に育ってきた愛犬が乳がんで亡くなったり、そのような体験は今でも折に触れて思い出します。これらのことが原体験となって、今でも自分が研究に向かうための原動力となっていると感じます。

ー影響を受けた人や出来事はありますか。

 基礎研究に入った転機は、広島大学歯学部で勉強していた時、口腔病理学の先生が、がんの分子生物学について一から教えてくれたことです。それまでは父のように臨床医になり、手術をしてがんをとるという捉え方で、私もそうなろうと考えていましたが、そこで遺伝子とか、分子生物学的なアプローチでがんを治していくことができると学びました。もしかすると、目の前の一人の患者は治せないかもしれないけど、将来的に何十万人という人を治せる薬をみつけられるかもしれないという壮大な夢を感じました。また、生命現象のメカニズムが分子的に分かるというのはシンプルに面白いな、と思ったのが分子生物学研究を始めたきっかけです。あと影響を受けたのは、ポスドクトレーニングのために渡ったシンガポールの研究室のボス(故・Lorenz Poellinger博士,シンガポール国立大学教授・カロリンスカ研究所教授 [当時] )です。彼はスウェーデン人だったのですが、ただラボでガリガリと実験するだけでなく、研究も人生も楽しむという生き方やヨーロッパ的な研究者マインドを学びました。


ー鶴岡で研究する意義はなんでしょうか。

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 概念的な話になりますが、鶴岡には数字で表せない良さがあると思っています。私もシンガポールや広島、大阪にもおりましたので、物や人(研究者)も多く、移動も便利といった、数字で表現できる都会のアドバンテージというのは十分わかります。一方で、鶴岡で研究していて何がいいかと言うと、ラボの外へ出たときに"空気が美味しいな"と感じるんです。都会にいた時は空気の味なんて意識していないかったかもしれません。ずっと住んでいる人はあまり意識しないのかもしれませんが、鶴岡の良さって、そういうところだと思うんです。

 私の好きな言葉に「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」があります。仏教に関りが深い言葉なのですが、足元を照らして顧みよ、という意味です。本当に大事なことは足元にあると思うんです。日常生活や人との関りであったり、周囲の環境であったり、自分の心の中をしっかりみると、空気が美味しいと感じることに繋がっているんですね。日々の環境が人間をつくるのであって、研究者も人間である限り、私たちのアイデアやインスピレーションもそういうところから出てくると私は信じています。

 一例を挙げると、私がなにかをひらめく瞬間はシャワーを浴びている時が多いです。机とノートに向かってガリガリと考えているときも、それはそれでロジカルに何かを組み立てていけるのですが、飛躍的な面白いアイデアが出るのは、そのあと家に帰ってシャワーを浴びている時など、そういう瞬間なんです。 IABの中では一所懸命研究や実験を行い、一歩外に出たときに緑や土の匂い、豊かな自然に包まれる。緊張と緩和と言いますか、いわゆる左脳的に集中した状態から、右脳的な領域が刺激される時に、ひらめきの秘密があるんじゃないかなと思います。鶴岡はひらめきの土地なんだと思っています。


ー最後に今後の展望について教えてください。

 自分の能力と、良い環境で、研究に邁進していきたいと思います。具体的には、先にお話しした二つのプロジェクトを今後3年以内に形にし、その先へ発展させていくことです。

私が所属する研究施設は、広島大学から始まりシンガポールなど、ここで5つ目になります。いろいろな研究施設を渡り歩いて、良い環境もあればそうでないところもありました。大学3年生の時から始めて現在42歳になりますが、今は自分と周りの環境や、メンターの力など、様々な要素がうまく噛み合ってきているかなと思っています。例えば、若者は元気があるけれどお金がなくて、歳を取るとお金はあるけれど元気はない、といったパラドックスがあります。シンガポールの研究所は環境として非常に良かったのですが、10年前は自分の能力が足りずそれを活かしきれませんでした。その後いろいろ学び、IABに来て良い環境で仲間と知り合い、これまでの失敗も含めて自分の培ってきた力というのがすごくマッチしてきたと思っています。今、このチャンスを掴み、花開くことができれば、と思っています。

 もう一つは、バイオベンチャーに興味を持っています。ここはIAB発のバイオベンチャーが多いです。もちろん研究とベンチャーというのは、私が学生の頃から動きが始まりつつありましたが、あまり身近なものではありませんでした。IABでは廊下ですれ違う人たちがベンチャーをやっていて、とても身近なところにあります。鶴岡での意義と関係するのですが、ごく個人的な親しい会話の中で、そういうことを教えてくれる環境は他では少ないと思います。チャンスがあれば私もチャレンジしたいなと思っています。

─ありがとうございました。

(2020年9月11日 インタビューア:安在 麻貴子 写真:岩井 碩慶)

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