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2009年のニュース

慢性腎臓病の悪化を防ぐ新たな治療法の開発

東北大学大学院医工学研究科・医学系研究科の阿部高明教授と慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授らの研究グループは共同で、今まで根本的 治療法のなかった慢性腎臓病の新たな治療ターゲットタンパク質OATP-Rを腎臓で発見しました。OATP-Rは体内に蓄積する尿毒症物質を体外にくみ出 す働きがありますが、腎不全時には機能が下がっています。研究グループはOATP-Rの機能を上昇させる薬が抗高脂血症薬のスタチン類であることを見出 し、スタチンを内服することでOATP-Rタンパク質が増加して尿毒症物質を体外にくみ出すことができるようになり、臓器障害が改善することを発見しまし た。本研究により腎不全の進行を抑制し透析導入にいたるのを遅らせる新たな治療法が開発されました。

この成果は10月29日発行の米腎臓学会誌Journal of American Society of Nephrology電子版に掲載されました。http://jasn.asnjournals.org/cgi/content/abstract/ASN.2009070696

このニュースは下記メディアで報道されました

・毎日新聞 10/31 24面
・河北新報 10/31 1面
・荘内日報 11/1 1面


  1. 背景と概要
    腎不全と腎透析を受ける患者の数は年々増加の一途を辿っており毎年3万人以上が新たに透析導入されている。また現在人口の1割近くは慢性腎臓病であると言われている(隠れ腎臓病)※1 。腎機能の悪化に伴い尿毒症物質※2 の蓄積がおこり更に腎臓の障害をおこす悪性サイクルが問題となっており尿毒症物質の排泄システムの構築が急がれている。現在多くの尿毒症物質が報告されているが、腎不全物質排泄の正確なメカニズムについてはこれまであまり知られていなかった。
    研究グループは2004年にヒト腎臓の物質排泄において重要な役割を担う輸送タンパク質※3 遺伝子「OATP-R」を発見したが、腎不全時にはその発現量は低下しているため薬物や腎不全物質の排泄がなされなくなる。
    今回OATP-Rを腎臓のみに発現させた遺伝子改変ラットを作製し腎不全を起こさせ網羅的メタボローム解析※4 を用いて検討した結果、OATP-R発現ラットは腎臓からの尿毒症物質の排泄が促されており、血圧の正常化や腎臓内の炎症改善効果、心肥大の抑制が確認され、生存率が向上する傾向が認められた。
    そこで研究グループはOATP-Rを腎臓で増強させる薬剤を探索したところ高脂血症薬であるスタチン※5 に同様の効果があることを見つけた。
    従っ て本研究により慢性腎不全患者へのスタチン等のOATP-R増強剤の投与により尿毒症物質を体外にくみ出すことで腎不全患者の腎障害の進行を抑制し透析導 入時期を遅らせる新たな治療法が見つかった。なお、本研究は独立行政法人科学技術振興機構「産学共同シーズイノベーション育成ステージ化事業」の支援を受 けた成果である。

  2. 研究者のコメント
    東北大学大学院医工学研究科・医学系研究科の阿部高明教授は、「現在の慢性 腎臓病の治療は高血圧治療と蛋白尿是正が主眼となっています。また治療に使われているステロイド、免疫抑制薬は本来は腎臓の薬ではなく副作用も大きい。し かし、高脂血症薬のスタチンは既に臨床で用いられており副作用も軽微であることが知られています。現在の慢性腎臓病の治療とスタチン組み合わせる事で OATP-Rトランスポーターを標的とした新たな慢性腎臓病治療法を作り出すことができました。今後、臨床試験を行い、この方法の効果を検証したい。ま た、慢性腎臓病の新たな治療ターゲットを発見できたのは、慶應義塾大学先端生命科学研究所のメタボローム解析技術の威力のお陰、今後も慶大先端生命研と共 同研究をさらに発展させ、この技術を治療法の開発に活用したい。」とコメントしました。

    慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授 は、「新たな国民病と言われ、近年増加している慢性腎臓病は、20歳以上の日本人の2000万人がこの病気に掛かっていると聞きます。慢性腎臓病が進行す ると透析をしなければならないばかりでなく、心筋梗塞や、脳卒中などの合併症を起こすそうです。私たちが開発してきたメタボローム解析法によって、慢性腎 臓病の治療ターゲットを発見し、新たな慢性腎臓病の治療法を見つけ出すことができたことは、ほんとうにうれしい。」とコメントしました。

    慶 應義塾大学先端生命科学研究所の冨田勝所長は、「鶴岡の先端生命科学研究所が8年間かけて開発・改良してきたテクノロジーで、本格的に医学に貢献すること ができるようになってきました。今回の成果は腎疾患を患っている患者さんおよびその予備軍の人には朗報となるでしょう。これからも鶴岡バイオの実力を世界 に示し、東北大学をはじめ、国内外の研究機関と共同研究をおこない、多くの病気の診断・治療に貢献したい。」とコメントしました。

  3. 用語説明
    (※1)慢性腎臓病(CKD)
    わが国では日本腎臓学会によると,20歳以上の一般住民において1割の人口に認められる疾患であり日常臨床で遭遇する頻度の大変高い「新たな国民病」である。
    腎機能が悪ければ悪いほど(CKDのステージが進むほど)心血管疾患CVDの発症リスクや死亡や総入院の相対危険が高くなることが大規模疫学調査によって明らかになっている。CKDはわが国において健康を脅かす重要な症候群である。
    (※2)尿毒症物質
    強 い毒性を示す尿毒症物質は正常であれば腎臓から体外に排出されるが、腎不全時はこの排出が低下するため体内に蓄積し尿毒症を引き起こす。そのため腎不全時 には透析によりこれらの物質を血液中から取り除く必要がある。しかしながら現在一般的に行われている血液透析は血液中の物質の分子サイズで単純に分けてい るため、透析では完全に除去できない尿毒症物質が体内に蓄積してしまい、各種合併症を引き起こす。そのために尿毒症物質を特異的に排出する新たなシステム の構築が望まれている。
    (※3)輸送タンパク質
    輸送タンパク質は細胞膜に発現し、生理活性物質や薬物、毒物などの細胞内への取込あるいは細胞外への排出という機能を有する。全ての細胞は細胞膜に覆われているめ、物質の細胞内外への移動は、細胞膜に発現する輸送タンパク質によって制御されている。
    (※4)メタボローム解析
    細 胞の代謝活動によって作り出された代謝物質である糖、有機酸、アミノ酸など数千種に及ぶ分子の働きを、網羅的かつ包括的に解析する方法。慶應義塾大学先端 生命科学研究所の曽我?義教授らは、キャピラリー電気泳動(CE)と質量分析装置(MS)を組み合わせたCE-MS法を開発し、これらの代謝物質の一斉分 析を世界に先駆けて可能にした。
    (※5)スタチン
    スタチンは肝臓にあるHMG- CoA還元酵素の働きを阻害することによって、血液中のコレステロール値を低下させる薬物である。1973年に日本の遠藤章らによって最初のスタチンであ るメバスタチンが発見されて以来、様々な種類のスタチンが開発され、高コレステロール血症の治療薬として世界各国で使用されている。近年の大規模臨床試験 により、スタチンは高脂血症患者での心筋梗塞や脳血管障害の発症リスクを低下させる効果があることが明らかにされている。

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